そして暇に潰される


「人生なんて死ぬまでの暇つぶしでしょ。本気で生きる方がどうかしてるのよ」

ファーストコンタクトは、高校三年の秋。あの頃の私は、あまりに中二臭かったので本当は思い出したくない。

それでも、私が彼と初めて関わったときだから、思い出すことにするが、あの頃の私はあまり人に褒められた性格をしていなかった。

ちょっとしたことで、失敗した時だっただろうか。とにもかくにも、私はそんなことを呟いた。場所は放課後の、皆が帰った後の教室だったと思う。

ウォークマンで音楽を聴き、窓際の席で外を眺めながら、机に頬杖をついて。あれは、誰にも聞かれるはずもなかった独り言で。

それなのに、榛名くんは聞いていたらしかった。




「随分つまんねー考え方してるよな、平尾って」

「はい?」

帰りに校門のところでそう話しかけられた時は、本当にびっくりした。

話しかけられる理由も、そんなこと言われる原因も、私にはわからなかったから。

「いや、だから、つまんねー生き方してんなーって」

「え、なんで」

「だって、人生って、オマエにとっては死ぬまでの暇つぶ、むぐっ」

聞き覚えのあるセリフに私は思わず彼の口を塞いだ。

「黙れ、そして死ね。なぜそれを知っている」

「お前、オレが隣に座ってる時にそれ言っただろ。まあ、気付いてなかったみてーだけど」

「居たなら言えよ! っていうか、ミスディレクションが使える野球部ってどんなだよ。冗談だよ、嘘だよ。っていうか、嘘だろ」

「いや、視線誘導はしてねーよ。なんつーか、あん時声掛けたら、この程度の動揺じゃすまねーと思ったんだっつの」

「そんな気を使えるなら胸の内に秘めといてくれれば良かったのに!」

私のそのセリフに対しての彼のセリフは、私の中二なセリフとは別のベクトルで恥かしいものだった。

「はあ? なんでだよ。仲良くなるきっかけ作るために隣に座ってみたのに、なんもしねーわけにはいか」

そして、彼は、途中で何かに気付き、言葉を止めた。

何に気付いたのかは私でもわかるし、だからこそ、私は別の方向に恥かしいそのセリフについて、突っ込んで聞いてやることにしたのだ。

「そういえば、えーと、そもそも別のクラスだよね、榛名くん」

「いや、あのな」

「私が元野球部エースの榛名くんを知っているのはともかく、榛名くんが私を知ってる理由もわからないかな。私は、ほら、特記することは特にない平凡な女子高生だし」

「あるだろ。特記事項。中二びょ」

「やっぱ殺そう」

 それでも、第一印象はやっぱり最悪ではなかった。

遠回しにでも、好意を持っていることを伝えてくれたわけだし、第一印象が悪くなるわけがないのだ。

そんなわけで、榛名くんと私は、彼が部活を引退してから知り合い、さっさと進学先を決めた彼と、知り合いのコネで就職先を決めた私は、その後の高校生活を二人で思いっきり満喫した。

クリスマス前にはストレートに告白されて、バレンタインには当たり前のイベントをこなして、榛名くんは、初めて会話したあの時以外で、あのセリフについて話したりしなかったけれど、それでも、人生がいくら暇つぶしでも、本気でやれば暇つぶしでも、暇つぶしだからこそ楽しいってことを教えてくれた。

高校を卒業し、少し距離が離れても、お互い、多分だけど浮気もせずに付き合い続けて、彼の夢の話をバカにしないできけるようになって、私の夢の話はバカにされそうで、当たり前だろって言ってくれそうで、話すことができなくて、それでも今更言えるわけないって、ねえ。

「まあ、医者が治らねーっつーんだし、治らねーンだろ。まあ、まだ三ヶ月はあるらしいし、それまではオマエの暇つぶしに付き合ってやるから」

無理してるのは、明白だった。ずっと痩せたし、顔色も良くない。

「なにそれ、バカじゃないの」

「彼氏死にかけてんだから、もっと可愛げのある態度とれっつの、ってのはまあ、無理なのわかってっけどな、悪い」

「何がよ、何も悪くないし」

「お前の夢、叶えてやれなかったな」

その前に自分の夢は、どうしたのよ。

っていうか、私の夢なんて話したことなかったじゃないか。

「じゃあ死なないでよ」とは言えなかった。彼だって勿論死にたくないだろう。

こんな時になっても、私の頭は自分のことしか考えられない。

「……私、なんかしてあげられること、ない?」

「オレにできねーコトしてくれたら、それでジューブン」

「プロ野球選手は無理だよ」

「ちゃんと長生きしろってことだっつの、で、お前の夢もお前を幸せにしてもらえるやつにちゃんと叶えてもらえ」

「そんなの、わかってるよ」

そして、三ヶ月後。ドラマみたいなキセキが起こるわけもなく、彼は病院のベッドで、私と、ご家族に見守られるなか、息を引き取った。

あの人はバカだ。榛名とずっと一緒にいることが夢なのに、そんなの榛名以外が叶えられるわけないじゃないか。

そりゃあ、結婚して、子供産んで、そんな夢もそれには含まれていたけど。でも、それは榛名が隣にいること前提の話なのだ。

こんなんじゃ、また前の私に逆戻りである。




「人生なんて死ぬまでの暇つぶしだよ。本気で生きたりしたら、傷付くだけじゃない」

彼と見る世界は、あの頃の私の見てた世界よりずっと綺麗だった。

今の私の世界は、きっとあの頃より更に色褪せている。

そして、彼との思い出も色褪せて、私の生きる世界が、真っ黒に黒ずんで、目の前が見えなくなっても、その暇つぶしは終わってくれない。終わらせるわけには行かなかった。

あの日、私はわかっていると言ってしまったのだから。

「平尾先輩って、随分損な考え方してんすね」

私は、会社の屋上で誰にも聞かれないように独り言を言ってた筈だった。

「はい?」

一瞬、あの頃に戻ったのかと錯覚し、心臓が大きく脈打つ。

勿論そんなことは無いのだが、何か運命じみたものを感じてしまい、私は、いきなり話しかけてきた、わりと良く話すその後輩を無視することが出来なかった。

もしかしたら、彼が、私に怒っているのかもしれない。わかってると言ったんだから、ちゃんと幸せになれって。そう言われてるような気がした。

「人生がもし、暇つぶしでも、っていうか、暇つぶしだから本気でやると楽しいんじゃないすか?」

「そうかな?」

「そうっすよ」




そんな会話をしていたら、何故か涙が溢れてきて、久々に声をあげて泣いた。

そして、誰もいない屋上とはいえ、これだけ派手に泣けば、流石に誰かの目に留まり、噂になってしまったようで、翌日には、何故か私が彼にふられたことになっていた、のだが。

彼が、それを否定するために、私に告白されたら間違いなく付き合う。なんてことを大声で皆に言ったことにより、その噂はすぐに立ち消えた。

そしてその三年後、私は結局その後輩と結婚し、今日二人で榛名のお墓参りに来ている。

結婚する前に報告にきたら、結婚したくなくなってしまう気がしたのだが、今思えば、それは杞憂だったかもしれない。

「……シンナ、家之、墓?」

「あなたってほんと、バカだよね。ハルナって読むの」

「いやー、達筆過ぎて読めなかった」

「嘘をつくな、嘘を」

「はあ、えー、まあ、じゃあ、ハルナ? さん。彼女のことはオレが責任をもって幸せにするので、安心してください。化けて出てきたりしなくても平気なので、決して化けて出てこないで下さい。オレはお化け苦手です」

「あのねえ」

「なんなら誓いのキスだってここでしてみせます」

「しません」

「オレ、多分、あなたより彼女のこと愛してます。この人を絶対一人にはしません」

それはどうなのって発言だけれど、確かに、榛名にはこのくらい言った方がいいのかもしれない。

それに、私も凄く安心した。

悔しいくらい。

「じゃ、先輩帰りましょうか」

「私も挨拶したいから、先に車に戻っててくれない? あと、それからいい加減先輩って呼ぶのやめなさい。私仕事辞めたんだから」

っていうか、結婚したんだし、付き合って何年経つと思ってるんだ、あのバカ。

まあ、ばれたくないから、人前では先輩って呼べって言ってたのが悪かったのかもしれないが。

「了解。じゃあ、挨拶終わったら電話してください、車回すんで」

バカだけど優しいよなあ、と思いながら、彼の背中を見送って、彼の姿が見えなくなってから、お墓に向き直る。

「って、こんな感じの人だから、とりあえず安心して。私、今、結構幸せ」

そもそも、今日はそれだけを言いにきたのに、彼に先に戻っていてもらったのは、それに加え、最後にもう一度言っておきたかったことがあるからだ。

こんなこと目の前で言ったら、あの人は、ちゃんとヤキモチ妬いてくれるだろうから。

「それから、榛名のこと、やっぱり今でも好きだよ。でも、私はあの人と生きて行きます。それで、これは榛名との約束の為じゃなく自分の為だから」

好きっていうのは、最後にしようと決めた。ここに来るのは、せいぜい命日だけにしよう。

それから彼に連絡をして、車に戻ると、やっぱり他の男と二人きりにすんじゃなかったー!と、抱きつかれた。

嬉しいし、顔はちゃんとにやけてくれるので、私は、そんな彼とこれから長いこと暇つぶしをして行くことを再度誓ったのだった。



2012/09/16
最初は死ぬ予定なかったんだけど、何故か榛名が死んでました。ごめんなさい。これ、後輩くんの立ち位置を榛名にしたら平和だったんじゃないだろうか。
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