憂鬱彼女の短い夜


じゃ、私、いっぺん、死んでくるわ

笑顔で言うことじゃねーだろ、それは。

掴み損ねたその右腕が、彼女の身体と共に、青空に吸い込まれ、アスファルトで固められた地面に落ちて行く。





『そんな夢見たからって、こんな時間に電話はやめろよダーリン』

「っても、起きてたんだろ。寝てりゃお前、電話なんて出ねーだろうし」

と、電話に向かって言いつつも、実は彼女の家の前にいた。

親友とはいえ、異性の家に、深夜にアポなしで突撃というのは流石に気が引けて、とりあえず、ギリギリ思いとどまり電話をしたわけだが、この様子じゃ、そんなこと言い次第、めちゃくちゃ怒られるに決まっているので、自宅に帰るべく、電話しながらもチャリと共に方向転換をする。

『しっかし、あんたの夢はすごいねえ』

「は? なんでだよ?」

『いや、本気で死にたい気分だったんだ。死ぬつもりはなかったけど、なんで死ねないんだろって気分というか』

慌ててチャリと身体を再度方向転換させるが、彼女の声は、嘘でも言ってるんじゃないかと言うほど明るい。やはり、帰るべきだろうか。

いや、しかし、夢でも彼女はそんな感じだった気もする。

これは、寧ろヤバいんじゃないだろうか。

『でも、まあ、サンキューね。あんたがこんな電話くれたから、死にたい気分なんて一気に無くなったわ』

心配をかけないようにか、誤魔化す為か、よくわからないが、彼女はそう続ける。

しかし、勿論。そんな言葉をオレが信じられるはずがない。

「とりあえず、玄関開けろ」

『は、い? ……まさか、家の前にいるとか言わないよね?』

「そのまさかだっつの、さっさと開けろ」

プツッと、いきなり電話が切れて、それから数分も経たない内に玄関の扉がいきおいよく開いた。

寝間着代わりなのだろうか。彼女は、Tシャツに短パンという姿だ。

「ホントにいるし」

「嘘ついてどうすんだよ。つか、早く服着替えて来いっつの。どーせ、きたねーから家あげらんねーとか言うんだろ」

一晩くらい。気分転換に付き合ってやっから。




そう、初めて言ってやったのが、高校三年の時のことだった。

今でもその時のことは鮮明に思い出せる。

で、今現在も、オレは、ときたま、同じような夢に魘され、その度に同じように彼女を迎えに行っていた。



「しっかし、なんで、榛名にはわかるんですかね。テレパシー?」

「知らね。最初ン頃はわかんねーけど、もう、なんとなく周期がわかってきただけじゃねーの」

「なんの周期だよ」

「お前が鬱になる周期」

彼女とのドライブにももう慣れて、こいつも、最初こそはオレの運転を怖がっていたが、最近では嬉々として、助手席に乗ってくるようになった。

「それにしてもなんでだろーねー。昔からだけど、こうやって榛名と話してると、やけ安心すんだよねー」

「そりゃ、オレが気ィつかってやってるからだっつの。で、今日はどこ行きてーわけ?」

「そーだな。もう夏も終わるけど、海とか?」

きっと、初めてチャリで出掛けた日と同じように、いや、いつもと同じように、こいつは目的地に着く前に寝てしまうのだろうが、それはそれでいいだろう。

オレは、こいつの不眠を解消する為に、いつもこうやって、迎えに来てやっているのだから。

暫くすると、予想通り、隣から寝息が聞こえてくる。

自転車の頃は、彼女を落とさないようにビビりながら運転したものだが、車になってからは、そういう心配はしなくて済むようになり、別の心配をするようになった。

「ったく、オレ以外の前でも、そんなふうに無防備に寝てんじゃねーだろうな」

そう呟き、目的地に辿り着いたので、車を止める。

安心しきった顔で眠る彼女の頭を撫でてやれば、うっとおしそうに手を払われた。

本当に可愛くない奴だ。

しかし、オレが迎えに行ってやった時に見せる彼女の表情は、やはりどうしたって放っておけないのだ。

彼女は、何ヶ月かに一度、短い時は半月に一度は、それくらい心配にさせる顔をする。

だから、可愛くなかろうが、オレはこうやって、彼女を連れ出してしまう。

「ま、良いんだけどな」

なんにせよ、高校卒業後。彼女は代名詞ではなく、キチンとオレの彼女になったわけだし、彼氏が彼女に優しくするのがおかしいことなわけがない。

今回もいつも通り、彼女が起きた時に謝罪をきいて、と。違った。今回はそのルーチンを崩す予定だったのだ。そうなると、彼女が起きるのが待ち遠しいというものである。

彼女に優しくするのは当たり前だし、彼女も可愛げこそはないがオレに尽くしてくれているので、それはお互い様であるのだが、オレは全てを手軽に済ませたいのだ。

今は少し、いろんなことに時間が掛かりすぎる。



「おはよう榛名。そしてゴメン」

「いつもの事だしいいっつの。つーかそれよりアレだ」

「なに?」

「オレら、いい加減一緒に住まねー? 迎えに来る前にお前に死なれたらたまんねーし」

彼女が、少し考える素振りを見せつつも、最終的には黙って頷いてくれたので、いつもなら、直ぐに彼女の家に帰るところ、今回は適当なところで朝飯を食ってから、二人で不動産屋に行くことにした。

彼女を迎えに来る前から、色々準備してきた甲斐があったようだ。


そうやって、オレ達の、いつも通りは少しずつ変わっていく。



2012/09/02
久々に短編の榛名ちゃんと書いた気がします。昨日の夜から今日の早朝にかけて、何故か気分が落ち込んでたのでこんな話になってしまいました。すみません。
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