最近のはなし
「さて、今日は何の日でしょう」
「五月の二十四ってなんかあったっけ? んー、明日は給料日で、あと私の欲しいスマートフォンの発売日だけど」
「オマエにきいたオレがバカだった」
目の前で携帯電話のカタログを読みふける彼女は、高校時代からの友達で、名前を千紗子という。
コイツの規模で携帯ショップに寄った後、オレ達は予定通り昼飯を食べる為、某ドーナツ屋に入っていた。
「嘘だって。覚えてるよ。榛名の誕生日でしょ。おめでとー。今年も誕生日に私と遊んでるとか、ご愁傷様」
「お前も今年の誕生日はオレと遊んでただろうが」
「榛名と私の今年の誕生日には大きな違いがありますから大丈夫ですー」
「はあ?」
意味がわからないので首を傾げてやれば、彼女はくっくっくと、おかしそうに笑う。
頬杖をついて、カタログを見ながら、片手でテーブルに置いた携帯を弄る彼女。
何に対して笑っているのかがイマイチわかりにくいやつである。
「だーかーらー、榛名は今日で二十五歳。つまりアラサーです」
「うぜー」
「でも私は誕生日が二月だから、まだ二十四。四捨五入したらまだピッチピチのハタチです」
「つーか、そんなん気にすんの女だけだろ。女は婚期逃すと大変だもんな」
「言ったなこの野郎」
「大体、人の誕生日に、新しい携帯がどうだのっつってるからいつまでたっても独り身なんだっつの、この携帯オタク」
「なんだとこの野郎」
と、いいつつも、携帯。もといスマートフォンを弄るのをやめない千紗子。
画面を滑る指。オレからすれば凄く手慣れているようにも見えるが、本人から言わせてみれば、私よりフリック入力速い子なんて五万といる。とのコト。
そもそも、わけのわからない専門用語を使うなという話だが、もういい加減オレも覚えたので、それはどうでもいい。
「ったく。そんなに言うなら男紹介しなさいよ。女の子は二十代で結婚しなくちゃだから大変なんです」
「それを言うならお前こそ女紹介しろっつの。誕生日プレゼントの代わりに」
「残念ながら、私アンタ以外に友達いないんだ」
「キメ顔で悲しいコト言ってんじゃねえ」
「あ、誕生日プレゼント何が欲しい? 彼女以外なら聞いてあげるよ。あ、スマホデビューしちゃう? 明日給料日だし、ちょっと待ってくれたら一括で買ってあげる」
「いらねーっつてんだろ。ンな、小難しそうなモン使う必要性ねーし」
「昔の榛名なら興味本位で携帯スマホにして後悔してくれただろうに……可愛げなくなったなー」
「……お前は昔から変わらねーよな。いつ大人になるんだよ」
「え? ならないよ」
オレの問に、絶望的な即答をする千紗子。
そこは怒るところだったハズだ。昔のコイツなら、そう思ってみたが、そうだ。昔からコイツはいつだって現状に満足していた。
「なんでだよ」
「まあ、榛名の前で今更大人ぶっても仕方ないしねえ」
「あのな、誰もそういう話してんじゃねーよ。だからオマエには男が出来ねーンだっつの」
「かもね。でもいいや。無理しなきゃいけない相手ならいらないし、榛名と遊んでた方が楽しい」
多少の無理はしてでもソバに居たくなるような恋をオレはした事があるし、世の中の大半の人間がそうである気がする。彼女も、昔はしていたハズだ。オレは知っている。
無理をしろとは言わないが、彼女の無理の範囲は、凄く広い気がする。一般の人間と比べるとずっと。よっぽど付き合いの長い人間でないと、クリアするのは無理であろうと思えるくらいに。
「オマエって、女失格っつーより、人間失格だよな」
「じゃあ機械にでもなりますかね」
「誰かに操作されるタイプでもねーだろ」
「それもそっか」
「お前は一生そのままなんだろうな」
「私はそれで満足なんだし、いいんじゃない? で、プレゼント何がほしい?」
しかし、マイペースに話を続ける、変わらない彼女を不快に思わないのも事実で、背伸びもせず、彼女がずっとこのままなら、オレは、多分嬉しい。それは彼女の将来なんて何にも考えていないようで酷いことかもしれないが、それでもその気持ちは否定出来なかった。
「うし」
そう言って彼女が、ようやくカタログを閉じた。多分飽きたのだと思う。
「で、何話してたっけ」
「やっぱ適当に答えてたのかお前」
「ごめんごめん。誕生日だっけ? ほら、これプレゼント」
「結局用意してあんのかよ」
そうツッコミつつ、差し出された包みを受け取る。
プレゼント用に包装されたわけでもないそのハンズの包みには、なぜかボールペンが一本入っていた。
「手帳用のヤツ。Twitterで無くしたって言ってたじゃん」
「あー、アレな。見つかった」
「げ。なら見つかったって呟けよ」
「うっせーな。いいよ、これ使うから」
「あっそ。じゃあいいけど」
なんにせよ、ゆるく、ぬるい関係が楽しいのは、いくつになっても変わらないらしい。
2012/05/24
以上。榛名の誕生日祭でした!
明日発売のスマホが欲しいのは私です。
メアリースーもたまにはいいよね。
って言っても、ヒロインあんまり私に似てない。