死に場所で生きる


「見ィつけたー」

物に成り果てた人間の懐を探っていると、後ろから不意によく知った声が掛けられて、俺は嫌々振り返る。

彼女はあのハゲの弟子だ。あのハゲというのは、俺と血のつながった親父のことである。彼女は、そのハゲの弟子だった。

「相変わらずお強いですね。流石」

「何の用?」

「用が無ければ話し掛けたら駄目ですか? じゃあ、とりあえずそれ、もらえます? という要件にでもしときますかねえ」

彼女が指差した先には俺の手があり、そこには、ここに転がっている死体から、たった今奪った『よくわからない重要な物』の入った袋が握られている。

「これが何かをあんたは知ってるのかい?」

「いいえ、でも、重要そうだなーって。あなた程の人が、なんなのかも知らされずに、ただとってこいとだけ言われるなんて、かなり重要な物だと思いますし」

「どこまで知ってるの?」

「ストーカーはなんでも知ってます。あなたの知りたいこともね」

それはつまり、これが何か、というのを知っているということだ。大した嘘つきである。

どこが嘘なのか、検討もつかないが。

「前から思ってたんだけど、あんたはなんで俺のことを気にするんだい?」

「師匠が悲しむ顔を出し見たくないんですよ。だから君が死なないように、ね」

「で、これはなんなの?」

「それをこっちに寄越すなら教えてあげてもいいですけど」

面倒になったので、オレはそのよくわからない重要なものの入った袋を彼女に投げ渡した。

彼女はおっとと、と口走りながらも、それをキャッチする。

「で、それには、何が入ってるんだい?」

「ある条件を満たすと太陽に似た光を放つ鉱石ですよ。これ使って夜兎を飼いならしたかったんでしょ。貴方ほどの人に紛い物が効くかわかりませんが、まあ、殺すには至らなくても弱体化ははかれますからね。それに下の方で飼われてるのがいるらしいじゃないですか。そいつくらいなら殺せる可能性もありますよ。ああ、その存在を貴方は知らないかも知れませんが」

「あんたはなんでも知ってるね」

「まあ、師匠に少しでも関わることなら調べますよ。さて、これで師匠を従わせるか。何をお願いしようかな」

「じゃあそろそろそれを返してもらおうかな」

「あら? やはり離れてもハゲ……いや、師匠が大切なのですか」

「今思い切りハゲって言ったよね。まあ、つっこまないけど。ベツに大切じゃないよ。ただ、一応仕事だからネ」

「じゃあ取り返してみます? これ渡したのわざとでしょ?」

「なんでそんな危険物をわざとあんたに渡すんだい? ただでさえあんたは危険人物なのに」

「ハードモードのゲームをベリーハードにしたかっただけでしょ」

ある条件を満たすと、と彼女は
言った。そのある条件というのが一体なんなのかをオレはしらないが、彼女のことだ。当然満たせる状態でここに来たに決まっている。

「ただの私じゃ弱すぎますもんね。でもあれ? 女は殺さないんじゃないでしたか?」

「頭が良くて強かったら嫁にしようと思って」

「師匠が怒りますよ? まあ、師匠をお父さんに出来るなら大歓迎ですけど」

最終的には、彼女が俺を追い掛ける理由なんてそんなものなのだろう。あくまでもあのハゲの子供になる為なわけだ。

恋敵が親父なんて、なんてありがちで、ベタな展開なんだろう。まあ、まだ恋敵になるとは決まっていないわけだが。

「じゃあまあ。やりますか」

空を覆っていた雲が切れた。月明かりが彼女を照らすと、彼女が袋の中からそれを取り出す。

なるほど。条件とはそれで、空には雲がかかっていたから、先ほどの奴はそれを使えなかったわけか。

だとしたら、会話を引き伸ばした甲斐があったわけだ。

「これだけじゃまだ足りませんけど、ほとんど準備は万端です。さ、かかって来てください」

と言いつつ、かかってくるのが彼女のいい所だ。受け身では勝てないのをわかっている。

つい、笑みがこぼれた。

彼女の手刀をすんでのところでかわすが、間に合わず頬が裂ける。

相変わらず、フェイントをかけるのが上手い。避けきれない理由はそれで、彼女は自分の手に付着した俺の血を、月の光を浴びて、微かに輝いているそれで拭う。

「これで、準備は整いました」

そして、彼女はそれを空へと放り投げる。

目の眩むような、強烈な光が辺りを照らす。太陽のようだ。そう、それも真夏の。

落ちてくるまでが、勝負ってところか。俺はそう判断し、傘を開く。

「さて、こっからが本番ですよ」

楽しそうに笑う彼女が本当に好きなのは、俺でも親父でもない気がした。

彼女は多分、俺と同じだ。

今日殺しちゃうのは、少しもったいないなァ。そう思ったが、思っただけだった。



2012/05/19
久々に神威さん。誕生日にはなんか書いてあげられますかねえ。
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