セックスと嘘とその彼女/高杉
高杉晋助とはそういう人だ。彼女もそんなことはわかっているし、納得もしている。
それが特別嫌だという訳ではないけれど、最初から心のどこかにあっは違和感は相も変わらずご健在で、それでも彼女は何も言わないのだ。
言えないと言い換えてもいいかもしれないが、彼女自身は、あくまでも言わないというスタンスでやってきており、言えないという立場より、言わないという立場を選んできた。
彼女は晋助の愛人だった。
「随分とまた、派手な騒ぎ起こしたみたいね」
江戸の一角、彼女は窓の外を眺めながら、息を吐くように呟いた。それは独り言のようにも聞こえたし、背後にいる男に語りかけたようにも聞こえた。
そしてその背後にいる男、つまり高杉は、それを前者だと判断したのか、それに答えることはなかった。
「それなのにいいのかしら。まだ江戸にいて」
視線の先は変えないまま、今度ははっきりと彼女は彼に問い掛ける。
それでも彼は何も答えず、なんの反応もしなかった。
「わざわざお別れでも言いに来たの?」
「……どうしてそう思う?」
それまでのやりとりの一方的さから、彼女はまさか返事が返って来るとは思っておらず、晋助の言葉に少しだけ怪訝な顔をした。
図星だから、彼が反応するとは思えない。彼女はそう考える。
ならば、彼はなぜ反応をしたのだろう、と。
「別に、いい加減、私なんて捨てればいいのにと思って。お荷物でしょう?」
「拾った覚えがねェもんを捨てることなんざ出来ねーさ」
「そういうこと言うと思った。それならわざわざ私が心配しないように、なんて気を使っていただかなくても結構ですけどね。早く京にでも身を隠しなさいよ。一体いつ出てくのよ」
私も連れて行ってくれ。そう言えば、晋助が自分も連れて行ってくれることを女は理解していた。
それでも言わないのは、それこそお荷物になりたくなかったというのもあるが、彼女が江戸の街を愛していたからだ。
だからこそ言わない。言えないという気持ちもないことはなかっただろうが、彼女は言わない。
それこそが晋助の図星だということを彼女が知っているのかは置いておくとして、晋助自身も、その図星を大して重要だとは思っていない節があるので、わざわざ共に行くかとも聞かないのである。
「夜……いや、明け方だな」
「嘘つき。あなたが言った通りの時間に出てったことないじゃない」
そう言って、だんだんと日が落ち、暮れて行く空を見上げ、彼女はため息をつく。
「綺麗ね」
そして、彼女は窓を閉める。その戸は、時間の流れを感じさせないよう、外からの日の光を完全に遮るように出来ていた。
「ククッ、それなのに窓を閉めるかァ」
「開けっ放しであなたが見付かるのは面白くないもの」
灯りの灯らぬ暗い部屋の中で、そう言いながら着物を脱ぎ捨てた彼女の本心がどこにあるのか等誰もわかりはしない。
明け方に窓の外に広がる景色は、果たして彼女を救うのだろうか。
2011/12/21
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