迷惑な迷子


うわ、笑ってる。



例えば教室で、例えば部活中、例えば球場で。

彼はいつだって楽しそうなカオをしていて、真剣で、かっこよくて、隣に誰かがいた。

隣にいる人も大抵笑っていて、私もいつか、あんな風に隣に立ってみたいって思って、可愛く笑う練習をしてみたり。

思えば、自覚はしていなかったけど、これは恋愛ってヤツで。

だから、この状態はそれなりに、チャンスでもあり、緊張する場面でもあり、なにより、喜びに浸る場面なハズなのだが。

「なんで、そんな呑気な顔できるの……」

「は? なんでだよ」

「だってさ、榛名くん、男子と回る予定だったんでしょ? 探さないとまずくないの?」

「あー、班のヤツら? 昨日もずっと一緒だったし、今日くらい良くね?」

そう、今は修学旅行中なのである。

学校生活の中での、思い出作りの最高舞台。修学旅行。

私達は昨日から修学旅行で北海道に来ていた。

そして今日は二日目の自由行動の日であり、私と彼は、少女漫画の定番の迷子になったのである。

いや、私はぶっちゃけ、仲良くない子と同じ班になっちゃったから、他のクラスの仲良い子のところに混ざるために離脱したのだけれど、一人でいたら榛名くんに捕まった。

「あのね、でも私達迷子なんだよ?」

榛名くんがここまで私を引きずって来たからね。私はそれまでは自分の現在地くらい把握出来てた。

「は? 迷子じゃねーし。ここどこだかわかんねーわけ? オマエ」

「初めて来て、土地勘ないんだからわかるわけないじゃん」

念願の榛名くんの隣にいるのに、さっきから一回も笑えてない私。それどころか態度が悪すぎる気もするが、正直、悪いのは榛名くんなので後悔はない。

初恋なんてこんな感じに終わるものなのかもしれない。

「地図あんだろ」

「地図あっても、土地勘ないとよくわかんないでしょ」

「いや、わかるっつの。地図出してみろよ」

「榛名くん、地図は?」

「ホテルに置いて来た」

「私がいなかったらどうする気だったの」

そう言いつつも、私はカバンから修学旅行のしおりを取り出し、地図のページを開いて榛名くんに渡す。

指先が触れたけど気にしない。気にしたら負けだ。

「先生に電話してたー。っと、ほら、ここだろ、現在地。さっきオマエここでボーッとしてたんだから」

素直に最初から電話してくれてれば良かったのに。

そう、心のそこから思えないのは、多分修学旅行というものの雰囲気のせいだ。

私は、とりあえず、道の真ん中でこんなことしていたら邪魔だろうと思い、榛名くんを連れて道の脇に寄る。

その際、つい、袖を引っ張ってしまったのだが、榛名くんは気にする様子もない。少し虚しさを感じた。

「ていうか、なんで私まで道連れにしたの。地図が欲しかったの?」

「道連れにしたんじゃねーよ。オマエクラスに友達いねーみてーだから誘ってやったんだろ」

「他のクラスにならいますー。その子達と合流しようと思ってたのに」

「わかってねーなー、修学旅行の自由行動を女同士で回って何が楽しいんだよ」

「自分だって男同士で回る予定だったじゃない」

「だから、オマエ誘って回ることにしたんだろ。とりあえず土産見にいくか」

人のしおりを自分のものであるように片手に持ちながら、榛名くんが勝手に歩き出す。

とりあえず、友達には一緒に回れなくなったとメールしておいたのだけど、榛名くんは全然携帯みないし、友達から連絡きてたらどうするんだろう。

ていうか、もしかしたら、榛名くんも本当は誰かと合流しようとしてたんじゃないかとも思う。

隣のクラスの秋丸って人と仲が良いみたいだし。

でも、それなら尚更なんで私を拉致ったのだろう。友達がいないと思われて同情されたとか?なにそれ、嫌すぎる。

「ねー、榛名くん。お土産より、友達探した方がいいんじゃないの?」

「だからー、そもそもオレははぐれたんじゃなく、普通に抜けて来たんだっつの」

「榛名くん一匹狼だったの?」

「どうしてそうなんだよ。言ったろ、修学旅行の自由行動で男同士とか女同士で回るのは楽しくねーって、だから――――」

「だったら好きな子誘えばいいのに」

口に出したつもりじゃなかったのに、思い切り口に出してしまって、気まずい空気が流れる。

少女漫画の読みすぎかもしれない。少女漫画ならこういう咄嗟な一言に、男の子が、だからオマエ誘ったんだろ。みたいに言ってくれてりして、って、榛名くんなら、実際好きな子誘ったらそういうことあっさり言いそう。

つまり、その台詞が聴けないってことは榛名くんは私なんか好きじゃないってわけか、うん。やはり虚しい。

それでも、少し前を歩く榛名くんの表情が気になったので、少し歩く速度を早めて顔を覗き込む。

反応によっては、好きな子がいるかくらいわかるかもしれないし、なんてのんきに思っていたのだが、彼が答えない理由について深く考えるべきだったかもしれない。

「……榛名くん、顔赤いよ」

「ウッセー、ウゼー」

「好きな子いるの?」

「なんでわざわざそう遠まわしに言うわけ? 訊きてーことあんなら直接きけっつの」

「榛名くん、私のこと好きなの?」

榛名くんって、絶対少女漫画とか読んでると思う。お姉さんとかいそうだし。

もしくは妹の借りてたり、凄く容易に想像出来る。

「だったらなんかわりーのかよ。オマエだってオレんことしょっちゅうみてたろ」

「あー、まあ、榛名くんってよく笑うなーってみてた」

「それだけかよ」

榛名くんが不服そうな目でこっちを見る。ドキドキした。初恋は終わってくれる様子がない。

「榛名くんの笑顔が、私は結構好きだよ」

「はっきり言えっつってんだろ」

「榛名くんのことも好きだよ」

ちっちゃい声で、そおか、と返事をして、榛名くんの左手が私の右手に繋がれた。

手の中で、お互いの体温が混ざり合う。心臓が掌に移動したみたいに、そこがドキドキしている感覚。

「私達付き合ったの?」

「は? ちげーの?」

「榛名くんは何も言ってくれてないし」

「男はそういうこと簡単には言わねーんだよ」

「付き合う瞬間って、大切じゃない?」

自分で言ってて照れたけど、榛名くんはもっと照れてた。

「……しょーがねえな」

「そんなに言いたくないなら言わなくてもいいけど、この話はなかった方向で」

「全然良くねーってことじゃねーか」

「当然でしょ」

榛名くんは思ったより奥手で、そこからも微妙にもごもご言っていたが、いきなり意を決したように私のことを抱き締めた。

力加減を忘れてるのか、結構痛かった。榛名くんは馬鹿だ。

「つーか! 言わなくてもわかってんならいいだろ!」

「改めて言うのは照れるタイプですか。男の子だねえ」

「ったく、とにかく、こうしてても時間の無駄だろ。そろそろどっか」

「榛名くんといる時間に、無駄なとこなんて一つもないけどね」

そんなこと言いながら、榛名くんの身体から離れ、もう一度手を繋ぐ。

相手が奥手だとさえわかれば私は
強いもので、ガンガン押すのはわりと得意である。

まあ、相手からの好意を確認した後のみ、だけれど。

「バッカじゃねーの」

「顔真っ赤にしてたら、説得力ないよー」

見えてなくても表情を、少し読めるようになった。

私はこれから、彼の笑顔以外も好きになるんだろうなあ。そう思うと笑えた。

彼の隣で笑いたがっていたのが、あっさりと叶いすぎたのが面白かったのだ。



2012/03/04
時期とか時期とか時期とかおかしくてすみません。書き出したのは去年の九月だったか十月だったのです。
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