溺れる夢の底/沖田


「……」

嫌ァな夢、見ちまった。

起きて直ぐ、そう思った。そういう夢に限って忘れられないもので、その夢は午後まで記憶に残り、最終的には正夢になった。

それは、昔、信じてやれなかった女と再会する夢だった。



「弱いなー」

確かあれは、土方さんが道場に来て、しばらくしてからの事だ。あの野郎に負けたので、俺は一人不貞腐れて、道場からちょっと離れたところの木陰で、一人竹刀の手入れをしていた。

そして、負けた時のことがフラッシュバックしたので、なんとなく、あのときどうすればよかったのかをイメージしながら、立ち上がり、手入れの終わった竹刀を振っていた。

すると、何時の間にか俺の座っていた木陰に座っていたアイツにそんな風に話し掛けられたのだ。

いや、あれは、ただのアイツの独り言だったのかもしれない。

なんにせよ、カチンと来た俺は、そいつを睨み付けた。土方と同じぐらいの年であろうそいつは、そんな俺をおかしそうに笑い、立ち上がって、近付いて来て、

そんなんじゃ、実戦じゃあ勝てねェよ。

と、言った。

その実戦の意味が、どういったものなのかはわからなかったが、あの時の俺は、なんとなくだが、それがイイモノには思えず、そんな、実戦に使えなくてもいい。と思い、しかしそれをそいつは見透かしたように、実戦で使えなきゃ、大事なモノは守れねェんだぜ。と俺の頭をくしゃくしゃ撫でる。

そいつの格好は、汚らしく、そしてみすぼらしかったので、触られるのが不愉快で、俺はその手を払いのけようとしたのだが、それはあっさりとよけられ、代わりに手刀を喰らった。

とりあえず、これよけらんなきゃ、お前実戦で死んじゃうぞ。

その日は、それだけ。その後俺はそいつを無視して帰った。



その事が頭に残っていて、その翌々日、また土方に負けた。同じ場所で同じようにしていたら、後ろから手刀を喰らわされた。お察しの通りアイツで、アイツはまだよけらんねーのかと俺を笑った。

そして、会う度、土方に負ける度にそんなやりとりをしていたら、俺は何時の間にかそれを避けられるようになっていて、その頃には俺は土方に負けずともアイツに会いに行くようになっていたし、それなりに会話をするようになっていた。



「なんか、最近この辺に変な奴が出るって」

「変な奴ゥ? なんだそりゃ」

「姉上が言ってたんでさァ。なんか、辻斬りみてーなのがいるって、死人は出てねーらしいんだけど、危ないからあんま遅くなんなって」

「攘夷の連中の残党かもなァ。なんだ、お前折角鍛えてんのにそいつ倒しに行かねーのか」

ムッとした俺の顔に気付いてか、冗談だよ、とそいつはまたケタケタ笑う。

川でこの間水浴びをしたらしく、そいつの身なりはそのときは少しマシになっていて、そしてようやく性別がわかるようになっていた。そいつは女だった。

「わかってまさァ。あと、姉上がまた、柿の木の家のジジイに嫌なこと言われてたって」

「へえ。ジジイって、お前誰でもジジイっつーからな。どれだよ。沢山いんだろあそこ」

「最近出入りし始めた奴でさァ」

「あー、あの、あれな。もしかして前も話してた奴か。そんなに気に入らねーなら殺しちまえばいいのに」

そんなことを簡単に言う彼女にムカついて、今度は彼女を睨み付けた。彼女は今度は笑わずに、申し訳なさそうに俺の頭を撫でながら、冗談だよ。と、寂しそうな顔で言った。




そして翌日、俺の言っていたジジイが殺された。

噂では、例の変な奴が殺ったんだろうという話で、彼女は居なくなっていた。

俺は彼女が犯人だと思い込み、自分が怒られるのが怖くて、それを誰にも言わなかった。俺が言ったからあいつを殺したのだと、そう思ったのだ。



ま、今となっちゃ、俺には関係ねェことだってわかりますけどねィ。

正夢になる直前に、俺はそう思って、団子屋の角を曲がった。見廻りに見せ掛けたサボりを今日ほど後悔したことは無いだろう。

彼女がそこに座って団子を食べていて、俺は絶句した。

「お?」

団子を頬張りながら、もごもごと彼女は言った。たまたま目が合ったからかもしれない。回れ右をして逃げようとするが、腕を掴まれ引きとめられてしまう。

そして、座ったまま俺の腕を掴む彼女は、団子をよく噛まずごくんと音をたてて飲み込むと、昔と同じように勝手に話し出した。

「ん、と。お兄ちゃん、どっかで見たことあんなァ」

「まあ俺、真選組一番隊なんで、新聞とかじゃないですか」

「あー、その誤魔化し方、生意気そうな雰囲気、お前アレだな、私の一番弟子だろ。おっひさー」

「俺がいつアンタの弟子になった。この人殺し」

「おーばっちり覚えてんじゃーん。大っきくなったな。団子くらい奢るから食ってきなよ」

何を言っても逃げられないことくらいわかっていたので、俺は大人しく彼女の隣に座る。

丁度良い。思い出したがゆえに聞きたいことは五万とあったのだ。

「お嬢ちゃん、団子をもう三本とお茶頂戴」

彼女は看板娘らしき女の子にそう頼むと、自分のお茶をすする。そのタイミングで、俺は話を切り出した。

「あれ、殺したのアンタですよねィ」

「あんな一発で綺麗に殺せんの、あの辺じゃ私か、あのオッサンしないなかったよ」

「あのジジイ、結局何者だったんです?」

「変な奴」

彼女はあっさりとそういうと、私も変な奴。と、付け足した。

つまりそういうことだ。あの時期、変な奴と言われていた奴は二人いて、片方は辻斬りを働いていたあのジジイ、そしてもう片方は見るからに怪しげだった彼女だったのだ。

その二人の人物像が合わさり、よくわからない奴が辻斬りまがいのことをしている。という噂になったわけである。

「私はあそこに、まあ、後片付けに行ったんだよ。んで、あんな感じ」

「へェ。でも、お別れの言葉くらい、言っていってくれても良かったんじゃないですかねィ」

「なにー? 寂しかったわけー?」

「ベツに。で、江戸にはなんで? アンタあの頃、西の方に住みてーとか言ってやせんでした?」

「あー、基本は大阪あたりなんだけどね、たまたま京都で会った知り合いが、ここに白……や、まあ、ちょっと昔の友達がいる事を教えてくれてね。会いに来た次第なわけ」

「へえ。わざわざ遠くからご苦労なことで」

「そうだそうだ。今日江戸に着いたばっかで探せてないんだけど、あれ、アンタしらない?」

「はい?」

「こっち住んでる知り合いに訊いて、そいつがやってる店の名前までわかったんだけど、そいつ急にどっかいっちゃって場所までわかんなくてさ」

「店の名前は?」

「万事屋銀ちゃん」

なんとなく"通りで"と思った。

血の気がやたらと多かったあの頃に比べて、随分と落ち着いた彼女は、確かにあの人に似た雰囲気を醸し出している。

「知ってまさァ」

「おお、マジで?」

「マジマジ。で、団子六本追加で良いですかィ?」

「寧ろそんな食えんのかよ。残さねーなら良いけど」

「あ、おねーさーん、団子六本とお汁粉一つ」

「おい、誰がお汁粉に許可を出した」

「いやいや、誤解しねーでくだせェ。これは餌でさァ。あーあ、ちょっと団子頼み過ぎちまったなー。誰か食べてくれる人いねーかなァ」

「いや、おい、いきなりどうしたお前」

「特に、銀髪の天然パーマのクルクルパー……」

「あっれー、総一郎くんじゃーん。なに? 俺のことお呼び?」

作戦通り、ゴキブリホイホイに捕まるゴキブリのようにまんまとお引き出されたクルクルパーは、俺の隣を見て、あからさまに顔を歪めた。

俺もこの人見つけたときに同じような顔をしていたのだろう。この人どんだけ嫌われてんだ。

「やあ、久しぶり、クルクルパー」

「いや、人違いです」

「待てよクルクルパー。何が人違いだ? ああ?」

「あ、もしかして多ぐ……」

「銀時。いい加減にしてね」

そう言って不機嫌そうな顔をする彼女は、俺の知らない人だった。旦那はその表情に少し驚いた顔をすると、自分の頭をボリボリと掻いてから、はいはい、悪かったよ。と彼女の頭をポンポンと撫でる。

少し、旦那にムカついたのはなんでだろう。

「しかし、なるほど。団子とお汁粉はそういう……ん? でも結局お汁粉使ってない気が……」

「お汁粉がお礼で良いですぜ。団子は言ったとおり旦那にあげてやってくだせェ」

「あー、うん。じゃあ」

「え? っていうか沖田くんが優しいとかちょっと気持ち悪いんですけどー」

「旦那は黙っててくだせェ。団子いらねェなら別ですけど」

「すいまっせんでしたー!」

そんなやりとりをした後、出てきたお汁粉を飲んでから、俺は仕事に戻ると言って彼女と別れた。

正夢も中々悪くないかもしれないと思ったなんてことは、勿論なかったのだが、その真偽はとりあえずは不明にしておこう。

放置プレイをするのは好きでも、されるのは嫌いだったので、再会自体は喜んでやるのも良いかもしれない。

団子屋に迷惑がかかるほどに騒ぐ二人を遠くから眺めながら、俺はそう思った。



2012/01/19
まあ、京都の知り合いって高杉ですよね。で、こっちでたまたま会ったのは桂だと思われます。
沖田って捏造が書きやすくて好きです。
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