冬のとても寒い日
「さっむ」
とりあえず口に出してみた。返事なんてもちろんないし、身体どころか心まで寒くなってきた。これだから冬は嫌だ。
冬は人肌が恋しくなって、人との距離が縮まるだなんだと誰かが会社で若い奴に偉そうに言っていたが、それはあくまでもリア充の理論で、縮めようにも、たった今隣に人がいない私は凍死する以外の道がないのである。
話は変わるが、昔、学校で、俺友達少ねえし、誰もクリスマス遊んでくんねーからバイトいれちゃったー。とか言ってる男子生徒が居たが、あいつはそんなことを話す相手がいるのだから立派なリア充だと思う。ああいうのこそ爆発するべきなのだ。
とまあ、そんなことを考えながら、私は寒さに耐えかね、近くのコンビニへと入った。この時期のコンビニは、おでんやら肉まんやらがめちゃくちゃ美味しそうに見えて卑怯である。
さて、ではこれから肉まんを見ていてふと思い出した、とある人物の話をしたいと思う。
最近ではほぼ一年中売っている肉まんも、昔は真夏にはコンビニでは販売されておらず、夏に風邪をひいた馬鹿な私が、肉まんを食べたいとわがままを言った為に、わざわざ駅前のとあるドーナツ屋さんまで肉まんを買いに行ってくれた幼馴染みの話だ。
その時の話でもいいかも知れないが、優柔不断な私は、コンビニで商品を物色するのに凄く時間がかかるので、いろんな話をしよう。
まずは、春にあった話から。
「おー、結構似合うじゃん」
四月から高校に通い始めるその幼馴染、榛名元希が自宅で新品の制服を着ている時に、私はたまたま彼のうちへと作りすぎたおかずのお裾分けに訪ねた。
急な来訪者に、着替える余裕なんてあるはずなく、榛名はそのままの姿で私を玄関へ迎え入れ、私のその言葉に、照れたように、うるせー。と意味のわからない暴言を吐く。
まあ、明らかに彼は私が好きだった。間違いないと言ってもいいほどだった。それなのに彼はこの後、高校で凄いスピードで好きな人を作り、凄いスピードで失恋をしたのだが、それはおいて置こう。
ぶっちゃけ、この日、私は榛名をふったらしい。彼が言うにはそういうことらしかった。
私はよく覚えてないが、この時になにやら好きな奴がいることを仄めかしたらしい。
よく覚えていないが、確かにそんな奴がいた気がする。まあ、それは兎も角、それも兎も角、榛名の制服姿は、恐ろしくかっこよかった。
ガキンチョにしか見えなかった学ラン姿から一転して、きちんと男に見えた。
この日から、私は榛名を男として見始めて、榛名は私を女として見なくなったのである。
そして次は夏の話。これはまた随分前の話になる。そう、肉まんの話である。
今でこそ八月の半ばにはコンビニで売られ始める肉まんだが、あの頃はまだその時期には肉まんなんて売っていなかった。
そんな折、私は馬鹿だから夏風邪を引いて、何故か凄く肉まんが食べたくなった。確かあれは私が中学生の頃だったから、榛名は小学生で、あの日は榛名が家族旅行か何かのお土産をうちに置きに来たのだ。
移るから帰れと言ったのに榛名は帰らずに、見るからに具合の悪そうだった私を心配してくれて何か欲しいものはないかときいてきた。
そしてまだガキだった私は、外出中の母に頼んでも、コンビニじゃ売ってないからと断られた肉まんを諦めきれず、もっとガキだった榛名に頼んだのである。
そして、彼は頷いて、肉まんをあっという間に買ってきた。小学生のなけなしのお小遣いで。
「ありがとう、コンビニにあった?」
「なかったから他ンとこで買った。感謝しろ」
「ありがとうって言ったじゃん」
「それじゃたりねえっつってんの!」
「ああ、お金?」
「お金じゃねえ! 元気になったら一個絶対言うこときけよ。約束だかんな」
と、そんな約束をして早十数年。話は今年の秋に飛ぶ。
今年の秋、私の妹が結婚した。それも出来婚である。おめでたである。
私の方が子供欲しい、結婚したいと言っていたのに、あの女は先にあっさりとイケメン彼氏とゴールインしやがったのだ。
その結婚式に榛名も来ていた。いや、これが新郎として来ていたりしたら私としてはもっともっと最高に腹が立ったのだろうが、彼も未だ独り身のようで、私も久々に彼とあったのだが、なんとなく安心した。
そして、その日にメールアドレスを交換し、後日二人で飲みに行って、色々な話をした。話の大半は、近況報告と思い出話で、前述した話ももちろんした。
そして、私はそこで、初めて。
「お前、何してんの」
「へ?」
一人でアルコールのコーナーで晩酌用のお酒を吟味していたら、何時の間にか件の幼馴染が呆れ顔で後ろに立っていた。
「いつまで選んでんだよ。もう二十分は動いてねーだろ」
「晩酌の酒は重要だからつい……榛名はなんでここに?」
「たまたまコンビニ寄ったらすげー顔で酒睨みつけてる奴がいたから……」
「で、二十分も見てたわけ? そんなに長くかかる用事だったの?」
「お前が見えたからコンビニ入ったんだけど、なんかめちゃくちゃ真剣に酒見てっから声かけらんなかった」
「素直でよろしい」
榛名は、結局相変わらず私の事が好きらしい。秋に初めてそれを彼の口からきいた。
私は、その時は、自分が嬉しいのか、それとも困っているのかわからず、とりあえず待ってくれと答えを出せなかったのだが、今ならわかる。
私はただ、嬉しすぎて困っていたのだろう。
「でー、そんじゃあ榛名もお酒、一緒に飲む?」
「あー、じゃあ」
「なら割り勘ね。一緒に選ぼう」
二人で適当にお酒を選び、それとおつまみと肉まんを買って、寒い道を並んで帰る。
道中、寒いねえ、と私が呟くと、そーだな。と返してくれたのが嬉しかった。人肌が恋しくなるねえと言ったら手を繋いでくれた。
「そーいや、肉まんみて思い出したけど、お前まだ何もいうこときいてくれてねーよな」
「あー、そうだっけ? いいじゃない、この先いくらでも使うタイミングあるだろうし。いつでもその権利行使しなさいよ」
じゃあ今使う。と足を止めた彼につられ、私も足を止める。
言われることはなんとなく予想出来ていたし、わざわざお願いされる程のことでも無いと思ったのだが。面倒な約束を果たす為に、私はとりあえず彼の命令を待つことにした。
「この間の答え、いい加減言えっつの」
「あはは、何言ってんの。そんなのとっくにわかってる癖に」
2011/11/28
久々に一気に短編書き上げました。肉まんって時々無性に食べたくなりますよね。しかし久しぶりに一気に書いた。やっぱ小説って書くの楽しいですね。