人は見かけによらないらしい
保健委員の女の子っつったら、清純派、とか、おしとやか、なんてイメージがある。事実、去年のうちのクラスの保健委員だった女子は、あまり喋らない子でおしとやかに見えた。
まあ、実際には違ったわけだが。
「なんでこうなる」
「榛名くんが悪い」
彼女は、何故かオレに馬乗りになっていた。こともあろうか、彼女の元テリトリーであった、保健室のベットの上で。
オレだけが悪いわけではないことは確かなのだが、そもそものきっかけはオレにあったし、オレの方に多く責任もあるだろう。
ことの起こりは、十数分前に遡る。
オレは十数分前、教室にて授業中に激しい頭痛に襲われ、熱っぽいということもあり、保健室に向った。
そして、保健室に着くと、ドアには『外出中 直ぐに戻ります』という札が下げられていて、取り敢えずベットを借りようと、保健室内に足を踏み入れたのだ。
保健室に入って直ぐに目に付いたのは、既に使われているらしい、カーテンの閉じられたベッド。
現実には、保健室のドアを閉じても、ピシャン、なんて音は鳴りっこないのだが、気持ち的には、ピシャン……、もしくは、ピシャリと、オレの手によって、保健室のドアが閉まる。
その音に反応してか、ベッドに寝ていた先客が目を覚ましたのか、オレに声をかけてきたのである。
「せんせーおかえりー」
女子生徒の声だった。彼女は、カーテンの外も確認せずにそう言って、オレの返事も待たずに話を続ける。
「さっきの話だけどさー」
いや、知らねーけど。と、オレは思った。先生では無いことを指摘しなかったのは、なんとなく、誰かもわからない女子生徒との、保健の先生の会話内容に興味を持ってしまったからだろう。
彼女が、返事がないことを不審に思い、カーテンの外を覗いたら覗いたで、何も聞かなかったような顔をする予定だった。
「あー、さっきのって、あの話だからね。ハルナくんの」
聞き間違いかと思った。ハルナ"さん"ならまだわかる。自意識過剰になんてならなくて済んだ。
しかし、彼女は確かに、その女性名に、くんをつけたのだ。
社会人になったって、下の名前にくん付けするような上司は、多分ほとんどいないだろう。今ならもれなくセクハラで訴えられる気がする。
ならば、というか、そうでなくとも、間違いなく、これはオレのことだろう。そう思った。
「本人には勿論、中島とかにも言ったらだめだからね。私が、あれなんて」
ガラじゃないしー。などともごもご言う名前もわからない彼女。あれってなんだ。
というか、そろそろ不審に思ってもいい頃だ。彼女が誰なのかも、あれがなんなのかも気にはなるが、そこを追及するわけにもいかない。
頭は相変わらず痛いが、我慢出来ないことは無い気もするし、先生がいなかったからと今から教室に戻って、また休み時間に――――
退路を確保する為に、もう一度ドアに手を伸ばす。が、遅かった。
ギシリとベッドが大きく軋む音、背後から掛けられた、先生聞いてる?という言葉。次にカーテンの開く音、頭痛もあり、全力疾走で逃げる余裕もなかったので、仕方なくオレは観念し、振り向くことにした。
「嘘」
聞くつもりなんてなかったと言えば嘘になる。だから言い訳はしない。……なんて、潔い理由でオレは何も言わなかったわけでは勿論なくて。
そして、慌てたらしい彼女は、何も言わないオレに、あっさりと自爆する。
「今の、榛名くん、きいてたの?」
「あー、まあ」
「あーもう! 今の無し! 忘れて! 私が榛名くん好きとか嘘だから!」
いや、知らなかったけどな。
自分が、わざわざ"あれ"という言い方で暈していたことを忘れていたのか、気づいていなかったのか、彼女はその真実をご丁寧にオレに明かしてくれた。
指摘するべきか悩む余裕などなく、オレはうっかり、思ったことをそのまま口にしてしまう。
「え、オマエ、オレんこと好きなわけ?」
「え、だって今聞いて……」
「いや、オマエ、好きとは言ってねーっつーか」
「はあああ!?」
ありえない、ありえない。とぶつぶつつぶやき始めた彼女。
慌てふためく彼女を眺めることによって、オレはなんとか逆に冷静さを取り戻し、そこで漸く彼女が誰だかを確認することができた。
「っと、平尾だよな。一年とき、クラス同じだった」
平尾。彼女こそが、一年のときに同じクラスで保健委員を務めていた、おしとやかに見えていた女子生徒だった。
あまり喋らなかった彼女だからこそ、声の印象がなく、オレは、声だけで、彼女が彼女であることに気づかなかったのである。
「そう、ですけど……、ね、榛名くん。ちょっとこっち来てもらっていい?」
「……? なんだよ?」
ここで冒頭に戻るのだ。ベッドの近くというポジションをキープしていた彼女は、オレが近くへ寄ると、二、三歩下がりながら、もうちょっとこっちこっち、と、上手い具合に、更にベッドの近くへとこちらを誘導して、瞬く間にベッドに押し倒した。
普段のオレなら女子にそこまでされるがままになることはなかっただろうが、今日は頭が痛い上に熱っぽいわけで、そうなってしまったのも仕方がないことだった。
ベツに。下心があったわけではない。
「つーか、オレが怪我したらどうすんだよ」
「させないように優しくしたつもりだけど、させてたら、謝ってたし、つぐなってたよ。榛名くんの身体へのこだわりはわかってるつもりだし」
「わかってるつもりって……」
「聞いての通り、私は榛名くんが好きだもの。野球してるときも勿論」
なるほど。開き直ったのか。
なんとなくそのことは理解出来た。
だがしかし、彼女が、オレを押し倒すという選択に至った理由は、まだいまいちわからないままである。
「で、なんでこうなンだよ」
「榛名くんはいい人だから、既成事実作れば私をふらないだろうと思って」
「はあ?」
「でも、ごめん。私はここまでが限界だし、榛名くん、なんか熱っぽいね。触ってわかった」
限界だと言った癖に、そのままオレを抱きしめる彼女。それが新しいの医療行為なわけもなく、彼女はオレの胸で溜息を吐く。
「保健室来たんだもんね。そうだよね」
「平尾、オマエ」
「私は、榛名くんのこと好きだよ。好きな人を看病出来るなんて、熱出してる榛名くんには悪いけど、恵まれてるなあって思ったり」
ふざけるようにそういうと、彼女はそそくさとオレの上から退いて、テキパキと動き始めた。
そして、どこからか冷却シートを取り出すと、勝手にオレの額へと貼り付ける。
「頭とか痛かったりする?」
「めちゃくちゃイテー、ガンガンする」
「そっか、あ、と、熱計らなきゃね、はい、体温計」
「おう」
既にスイッチの入れてある体温計を受け取り、脇の下へ挟む。押し倒されたベッドに腰んかけて、携帯電話でどこかへ電話をかける彼女の後ろ姿をぼんやりと眺めていれば、ピピピ、と、体温計が自身の仕事の完了を告げた。
「何度だった?」
「三十八度七分」
「たっか! 絶対帰った方が良さそうだね。先生そろそろ戻ってくるからちょっと待っててね」
そう言って、保健室から出ようとドアへ向おうとした彼女の腕を何故かオレは、ひき止めてしまった。
幼い頃、風邪を引いて、やはり熱を出したとき、自分のワガママであるアイスを買って来てくれようと出掛けようとした母親のことをひき止めたことをふと思い出す。
「どこ行くんだよ」
「え、私痛み止め持ってるから、気休めだけど教室から持ってこようかなって。頭痛いんでしょ?」
「薬は病院で貰うからいい」
「そう? じゃあ」
そろそろ先生が来るということは理解出来ているのに、心細さからか、オレはつい、彼女を抱き締めてしまった。
こんなことくらいで、石のように固くなる彼女は、先ほど自分で言っていた通り、あれが限界だったのだろう。
痛いままの頭で、オレはそんなことを考える。
「あの、榛名くん、からかわれるのは、ちょっとやなんだけど」
「弱ったオトコは看病とかに弱いんだよ」
自分でもわけのわからないことを口走ったと思う。それをきいた彼女は、やはり意味がわからないというような顔で、オレを見上げていたが、直ぐにどうでも良くなったかのようにオレを抱き締め返してきた。
その際、片手でしっかりとベッドの脇のカーテンを閉める彼女は、本当に抜け目のないやつである。
「なんていうか、その、榛名くんは、やっぱり思った通りの人だね」
「オマエのキャラは、なんつーか、意外」
「私、榛名くんにどうみえてたんだ……」
勢いにまかせて唇を重ねれば、移す気ですか。と不満を訴えられた。嬉しそうな彼女の顔をあえてシカトし、謝ってやるのは、まあ、彼氏の務めだろう。
「彼女に看病してもらえるなんて恵まれてるよな、オレ」
放課後、教えてもいない自宅まで、様子を見に来た彼女に、自分が言ってもらった台詞をかりて、そんなことを言ってやれば、彼女はやはり嬉しそうに笑った。
「いい彼女で良かったね」
その時、ノリとか流れに任せてではなく、彼女の笑顔に、オレはキチンと惚れる事が出来た気がしたのだった。
「ホントにな」
2011/08/20
一ヶ月前にスマホオンリーではじめて書いたので、予測変換やらで何やらおかしなことになってるやもしれません。
なってたらすみません。