手を繋いで隣を歩けるだけで/燐


春。自宅の玄関の前で、私は幼なじみと別れの挨拶を交わしている。

燐はうちの近所の修道院に住んでいる男の子だ。

彼は、私が小さい頃からお世話になっている神父さんを"とうさん"と呼んで慕っていて、母子家庭だった私も、彼にならい、その神父さんを同じように、"おとうさん"と呼んでいて。

彼との別れは、そのおとうさんが亡くなった矢先のことだった。

「ということは、しばらくは帰ってこれないのね。わざわざありがと」

寂しいわけじゃなかった。燐がいつかは修道院を出て行くことくらい理解していたし、私もいつかは正十字学園町を出て行くつもりだったから、それが早まっただけだというくらいにしか思わなかった。

「じゃ元気でね。身体に気を付けて」

「お前も、雪男も学校でいなくなんだから、腹出して寝んなよ」

「燐も雪男がいないんだから、怪我に気を付けてね」

燐が微妙な顔をして、うっせーなと言いながら、私の頭を小突いた。小突かれたところを右手で抑えながら、私は別れの言葉を続ける。

急過ぎてなにも上手く言えない。雪男のことは随分前から決まっていたから、昨日来た雪男とは落ち着いて挨拶出来たのに。なんで燐までいなくなるんだ。彼は理由もちゃんと話してくれないし。

おとうさんまでいきなり私の傍からいなくなってしまったし。神様はいるなんて、きっと嘘に違いない。

「帰り、一応待ってるから」

「おう」

「私がいないからって、寂しくて泣いちゃダメだからね」

「泣かねーよ」

寂しくないとは言わなかった燐が嬉しかった。

だから私も素直になろうと思う。私は燐がいなくなるのがやはりとても寂しい。

雪男がいなくなることより、ずっと寂しかった。お父さんが亡くなったからこそ、燐に傍にいてほしかったのだ。

「じゃ、またな」

私の頭を軽く撫でたその手。それを隣で独占していたかったのに。

「明日は私は入学式だし見送りにいけないから、まあ、いってらっしゃい。またね」

燐の就職先は全然決まらないし、だから、私は本当は少し安心していたのだ。きっと燐は私の隣からいなくならないって。

でもそれは幻想で、それだけのほんの少しの幸せで満たされていた私の心の器は今や空っぽになった。代わりになるような幸せは一向に見つからない。

明日の入学式は午後からだから、本当は見送りに顔を出せるのだけれど、明日また彼を見送ったら、きっと別れたくなくなる。

私は明日から高校生になるわけだし。そこで新しく友達を作れば、きっとこの寂しさだってすぐに忘れてしまうだろう。

寂しさの本当の理由は、ただ彼がいなくなったせいではないのはわかっているけれど、そうでも思わないと、この場で泣き崩れてしまいそうで、自分の弱さが嫌になる。

彼は私に何かを隠してる。今日会って、それに気付いて、なのに問いただすことの出来ない距離が寂しくて煩わしい。

いつの間に、私達の距離はこんなにも離れてしまっていたのだろう。

これじゃ、彼がここを出て行かなくても同じことだったかもしれない。

(昔は秘密事なんてなかったのにね)

しかし、彼に秘密事を最初に作ったのは多分私だから、彼を責めることなんて出来るわけがないのだ。

私はそう、ずっと燐が好きで。それをずっと秘密にしていた。

最初に距離を置いたのは私。今更、伝えておけば良かったなんて思っても後の祭りで。そして私は泣くことも出来ない。

いつも涙を拭ってくれていた彼は、もう隣にいないのだ。もし泣いてしまえば、私はきっと、泣き止むことが出来ないだろう。


私にとっては、ただ彼の隣にいれるだけのことが、これ以上ないような幸せだったのだ。



2011/08/06
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