シアワセというもの


「結局、一度しか生きられないし、人間はいつか死んじゃうんだよね」

彼女は屈んで、体育座りをして俯いているいるオレの頭を優しくなでながら言った。

「何落ち込んでんのかは知らないけどね。タカヤだっていつかはその一度きりの人生で榛名に出会えたことが、どれだけ幸せな事か理解してくれると思うよ」

何が、「何落ち込んでるか知らない」だ。的を射た彼女の発言は、嘘と慰めと綺麗事で構成されていて反吐が出る。

今度ばかりはアイツに怒鳴り過ぎて、でもオレはオレが悪いと思っていない。

そもそもアイツが、何もわかっていない癖に、オレがそれにこだわる理由も知らない癖に、わかったような、知ったような口を利くのが悪いのだ。

なにも話さず、最初から八つ当たりをしたオレが悪いなんてことくらい本当は理解しているけれど、タカヤはきっと、自分に非があるなんて、オレと比べて少しも思っていないに違いない。

でも、だから、アイツがオレとの思い出を良いものだと思うことは一生無い。

「バカじゃねーの」

「まあ、榛名が素直になれたらって話だけどね」

「……先輩、何言いに来たんスか?ただ説教したいだけな」

キスされた。

うるさい口はこの口かとでも言うように、文句を言うためだけに顔をあげたオレの唇を彼女の柔らかいそれがあっさりと塞いだ。

いろんな意味で絶句する。

「私は榛名に惚れてます」

引き続き絶句。アンタもう、なんなんだ。

「だから、ね。嫉妬」

「は?」

「榛名の頭をいっぱいにしてるタカヤに嫉妬してるの」

「じゃあ、なんでンなこと」

タカヤと仲直りさせても、オマエにいいことはないだろ。そう思う。

「だって、うまくいかないから榛名はタカヤのことで悩むんじゃない」

「どーゆー」

「悩ませられなきゃ、榛名にとってのタカヤなんてちっぽけな存在……だと、いーなーって。私が、そうであるようにね」

「なんだよ、そのネガティブ」

「事実じゃないの」

確かにそれは事実で。だから、オレと彼女の物語は多分ここから始まる。





「まーた、そうしてるわけ?」

あれから二年経って、高二の秋。オレが学校の自販機の横で体育座りをしていると、例の先輩がジュースを買いにやって来た。

そしてまた、同じように屈みこむ。少し警戒。

「ビビらなくてもいいのに。ちゅーなんかしないよ」

「別にビビってねーっす」

「バーカ」

「なんでンなこと言われなきゃ」

「好きだよ」

不意打ちにかなりビビりました。言わないけど。

「……なんなんすか」

「バーカ」

「ビビってません」

誰もそんなこと言ってないけどね。と、嘲笑った彼女。オレは逆襲を心に決めた。

「今度は何があったの」

「タカヤとは仲直りしました」

「ほー、よかったね」

「今回はただ、勉強疲れです」

「あーテスト終わったとこか。お疲れ様、なんかおご」

キスしました。

いや、うるさいとか、そういうのは無いですが。意味不明に敬語。テンパってます。自分でやった癖に。

「……」

そして両者絶句。とりあえずオレの気持ちはわかってくれただろうか。いろんな意味で。

「え、どういう」

彼女がようやく口を開いた。情けないことにオレはまだ喋れない。

「ちょっと、答えなさいよ」

「いや、待」

「待てない!何!どういう」

「本気で焦ってんですからちょっと黙れ!」

ここでキスを使うべきだった。彼女流ならだが。

彼女は無論黙ってくれず、バカだバカだとぶつぶつ呟いている。誰がバカだ。アレか。オレか。

「あのさ、男らしく無くて泣けてこない?」

いや、どちらかと言えば、余裕が無さ過ぎて泣きそうだ。まあ、余裕があれば、男らしいわけだから、ある意味正しいけれど。

「ホント、黙れって、」

「ったく。じゃあ落ち着く様な事したーげようか」

警戒する間もなく、抱き寄せられた。

子供をあやすようにオレの背を叩く彼女の手。それに撫でてもらって結局落ち着いてしまったあの日。思い返して、彼女を抱きしめ返した。

「オレ」

「んーなあに?」

「先輩が好きです」

彼女の動作が止まった。ピタッと。

「え、何いきなり」

「だからキスしましたって話ですけど」

「へーえ、そっかぁー」

「迷惑なら」

「いや、迷惑、とかでは、ない、けど……」

しどろもどろになる彼女。けどの続きはいつになっても紡がれない。

「オレばっか余裕ないと思ってたんすけど、そうでもないみたいっすね」

「バカめ」

オレを力一杯抱きしめてはなさないのは、赤い顔が見られたくないからなのだろうか。それとも、ただオレを離したくないだけだろうか。

どちらにせよ、彼女は今もオレに惚れているらしい。さっき冗談のように言っていたが、冗談なんかじゃなく。

「あのね、私ね」

「はい?」

「この一度だけの人生で榛名に出会えて幸せだよ。タカヤよりそう思ってるからよろしく」

いや、仲直りはしたけど、アイツがそう思ってくれてるとは限らないと思う。なんてことはもちろん指摘しない。

そう思って欲しいみたいに聞こえる恐れがあるからだ。別に嫉妬されるのは嫌ではないが、彼女を不安にしたいわけではないのである。

まあ、というわけで、とりあえず完結。もういい。あとはプロにさえなれりゃ充分な人生だ。



そんなことを考えてたら、また、キスされて、だから、キスをし返してやりました。深いヤツを何回も。会話する暇はありませんでした。



2011/07/30
榛名一人称で敬語って素敵だと思います。個人的には。
というか書いたの三月という……更新忘れてました。
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