初めての恋が終わる時/燐


奥村燐は、三つ隣のクラスの男の子だ。似ていない双子の弟は私と同じクラスに所属していた。よくは話したことがないが、お兄さんは弟の雪男くんと違って相当馬鹿らしい。

ところで、だ。なんとなく思ったのだが、確かに昔の少女漫画に出てくるヒーローの性格は、あの兄弟でいえば、雪男くんの方に近い気がする。

しかし、今の少女漫画はその逆で、奥村燐くんのような肉食系男子の方が、所謂ヒーロー役に抜擢されるタイプだ。

だが、そんな印象があるにも関わらず、おかしなことに、学校の女の子達は、そんな現代の少女漫画のヒーローのことは、ヒロインに感情移入してかっこいいだのともてはやすクセに、現実にいる奥村燐くんにはかなり冷たい。

それこそ、奥村弟はそれなりにモテているのに。全く不思議な話である。

いくら似てないとはいえ、燐の方も顔は悪くないと思うのだが。

とまあ、とかなんとか思い始めて早二年ちょっと。学年が変わり、クラスが替わっても、なぜか私のクラスは、常にそんな奥村くんのクラスの三つ隣だった。

中学校というのは嫌になる。興味がある人間と近付くのに、チャンスが三回しかないのだから。

いや、別に普通に話し掛ければ良かったんだけれど。別に彼に対して、そこまでするほど興味があったわけではなくて。そして卒業。最後の春休み。

私も奥村くんよりはマシだろうが、頭が悪い部類に入るので、四月からは近所の馬鹿校に通うことになっている。噂によると奥村くんは、世にも珍しい中卒の就職組らしい。

本当だろうか。本当ならどこで働くんだろう。何故かそんなことが気になった。



いやはや、偶然とは恐ろしいもので、そんなことを考えていたら奥村くんが目の前で不良に殴られていた。

いや、実際には奥村くんのが優勢のようだけど、多勢に無勢は多勢に無勢。三人相手に奥村くんは一人だ。負けそうには無いけれど、あの怪我は多分増えるだろう。

「じゃ、包帯とか絆創膏買って来ますかね」

そう呟いて、暫くは終わらなそうな喧嘩に背を向ける。

ドラッグストアまで、ここから歩いて五分弱。買い物をさっさと終わらせるとして、往復で約十分。それまでに終わっていないといいのだけれど。



そして十分後。奥村くんはまだそこにいた。ビルの壁に背中を預け、肩で息をしながら、片膝を立てて座り込んでいた。

私が、絵になるなー。なんて呑気に思えたのは、多分それでも彼が元気そうに見えたからだろう。彼はなんとなく化け物じみている気がする。

「あー、えーと、奥村くんもしかして負けたの?」

「あ?誰だよお前」

「同じ中学だった者です」

簡単に自己紹介をして、彼の前に両膝をついて座る。

近くで見ると彼の身体の傷は思っていたよりずっと多く、目に見える部分の皮膚の表面は、かすり傷を含む怪我で埋め尽くされているようにも見えた。

「で、負けたの?」

「負けてねーよ。あいつら途中で逃げやがった」

「あー報復が怖いパターンだね」

腫れている左頬に右手を伸ばす。肌に触れると彼の身体がびくりと反応した。多分痛かったのだろう。私のことを恨みがましい目で睨んでいる。

「痛そうだねえ。私、とりあえず湿布とか色々買ってきたから」

「は?どういうことだよ?」

「奥村くんが喧嘩してる最中に買いに行って、今戻ってきたところ。奥村くん達ってば、喧嘩に夢中で私の存在に気付かないんだもの。ちょっと迂闊だよね」

「じゃなく、だとしたら尚更なんでわざわざ」

「んー、なんというか、私、前からちょっと奥村くんと話してみたかったからチャンスだと思って。はい腕だしてー」

奥村くんが大人しく腕を出してくれたので、私は傷に消毒液をかける。

私は手当てなんてしたことがないし、とりあえず思い切りかけてあげたのが悪かったのだろうか。すごい顔で睨まれた。

「ごめん痛かった?でも下手なのは我慢してよ。私は雪男くんじゃないんだから」

「雪男の知り合いなのかよ」

「一年の時だけクラスが同じだったの」

適当に処置を続け、奥村くんがたまに痛そうに顔を歪ませる度に謝る。そのやり取りを数回繰り返し、手当てが粗方終わったところで、奥村くんが立ち上がった。

「もう平気だ」

「そう」

「ありがとな」

「んー、どちらかといえば、お礼は物でしてほしいんだよね」

奥村くんが、怪訝そうな顔をして、金はねーぞ。とありがちな台詞を吐いた。まあ、確かに包帯とかの代金を頂くのもありだけど、せっかく奥村くんに借りを作ることが出来たのだから、彼には忘れられない思い出をプレゼントしてもらいたい。

「キス、は、なんか違うからー、そうだな……」

「お前、もしかして俺のことが好きなのか?」

「ん、まあ、少しはね。そうだ。一回抱きしめてよ。それでいい」

私のお願いを奥村くんは躊躇いながらも聞いてくれた。洋服に彼の血とか、土とかが着いたけれど、そんなこと気にならない。



「ありがと。もういい」

暫くしてからそう言って、彼の胸から離れれば、奥村くんの腕がスルリと私の身体から離れた。

「なんつーか……お前、死なないよな?」

「なんで?」

「いや、なんか遠くにいくみてえだったから」

「あはは、どちらかというと、奥村くんのが遠くに行きそうだけどね」

なんとなく、思ったことを口にしたら、急にそれが現実になるような気がして寂しくなった。

寂しいも何も、私は今日まで奥村くんと会話したことすらなかったのに。それでも、私は、彼がいなくなったら寂しいと思った。

「ねえ、奥村くん。もう一つお願い、いい?」

「なんだよ?」

「例えば奥村くんが遠くに行くことになったとして、その行った先でいろんな人と出会って、好きな人とかも出来たりしたとしても。今日知り合った私のこと、忘れないでね」

自分で、自分が死ぬんじゃないかと思った。別に病気なわけじゃないのに。この後、私は事故にでも巻き込まれるのだろうか。

そんな私に、奥村くんはちょっと困った顔をしたけれど、頷いてくれた。

「わかった。忘れねえ」

どうしてそんな一言がこんなに嬉しいんだろう。




そしてその一週間後。私は奥村くんが正十字学園に入ることになったことを知って、なぜか納得した。

彼が遠くに行く気がしたのはそういうことだったらしい。

あの日着ていた服を私は未だに洗えていない。だって私が彼と関わった証は、アレしかないのだ。包帯も湿布も、いらないからって全部彼にあげてしまったし。

今思えば、私の彼への気持ちは立派な恋だったのだろう。きっとあれが、私の生まれて初めての恋だった。


彼と関われた時間はとても短くて、多分、高校に通い始めて忙しくなれば、こんな気持ちはすぐに冷めてしまうと思うけれど、それでも、彼と話せたあの瞬間の気持ちを忘れることはないだろう。

最後に初恋は実らないというのは本当なんだな。とだけ思い、これからの自分の為に出来たばかりの制服に腕を通す。

新品の制服は、多分私の門出を祝してくれているし、私だけ立ち止まっているわけにはいかないのだ。



2011/07/13
テーマがよくわからない話。書く時期を間違えましたねこれ。
タイトルは初音ミクの楽曲からですが、内容は全く違います。すみません。
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