ゆっくり溶ければいいよ/涼音


彼女は特別キレーな顔をしているわけではない。一般的に見て可愛いし、美人の類ではあるだろうが、モデルや女優と間違われる程に整っているわけではない。

まあ、グラビアアイドルになれそうな胸は所有しているが、それに女である私が惹かれるわけもなく、どちらかといえば、目を引かれるのはその唇だとか思ったりして。

私にはベツにそういう気があったわけではないんだけど、あんたの為なら目覚めてやるって。

「思うだけに留めておけばこんなことにはならなかったハズだ」

私のその呟きに、同じクラスの加具山くんが、どうしたー?と、不思議そうな顔をした。

よりにもよって彼女と同じ野球部のヤツに話しかけられるとは。偶然とは恐ろしいものである。

実は、私は今、親友の宮下サンからシカトをされている。嘘だ。シカトはされていない。避けてるのは私。

親友という枠を越えよう宣言を彼氏のいる同性の宮下さんにしてしまって、あら大変。私は彼女と合わせるお顔をどこかに落としてしまったのであった。

「何があったのかわかんねーケドさ、元気だせって」

「加具山くんに私の気持ちがわかってたまるか」

例えば君が、噂の一年投手と陰で付き合ってたりするなら話はベツですけど、あり得ないし。いや、あり得ないは言い過ぎか、実際そうだったら困る。

私は、「人が心配してんのになんだよその態度は」と、文句を言ってくる加具山くんをスルーして、右腕を枕にして机に顔を横向きにして乗せた。

すると、見覚えのあるスカートが目の前に現れた。いや、うちの制服だから見覚えがあるのは当たり前なんだけど。

でもな、なんかこの、スカートだけで人を欲情させる感じ……って私は変態か。まあ、変態ですけど。どうせ変態だよ!変態になったんだよ!

「あ、涼音」

「やっぱり!」

ガバッと起き上がってダッシュで逃げようとするが、時すでに遅し。

笑顔が可愛い野球部の美人マネージャー、宮下涼音は、しっかりと枕にしてなかった方の私の腕を掴んで捕縛を完了していた。

「涼音ちゃん、あの」

「人が珍しくうたた寝してるところをキスで起こした挙げ句、訳の分からない告白をしてずっと逃げ回ってるなんて卑怯じゃない?」

怖いけど、笑顔は相変わらず可愛い。胸もデカい。流石に一週間じゃ彼女の魅力は衰えないということか。

「だって涼音ちゃん怒るでしょ?」

「当たり前でしょ!許可もとらないでいきなりキスされたら誰だって」

「おーかわには許可無しでキスさせてるくせに」

「大河は、そりゃ当然じゃない」

「じゃあなに?涼音ちゃんは、許可さえとれば、付き合って無い人にもキスさせんの?」

逃げてる間ってのはドキドキしたりハラハラしたりするけど、私は基本的には本番に強い。

なので口の強い宮下サンとも渡り合えたりする。それ故に親友。一週間前返上したけど。

「ちょっと待って、そういう話じゃ」

「涼音ちゃんじゃあさ」

「なあに?」

「ちゅーさせて」

「はい?」

よしきた。はあ?だったら無理だけど、宮下サン今"はい"って言いましたからね。この際クエスチョンマークは無視します。

先ほどまで上半身のベッド代わりに使っていた机に右手を置いて、体重をかけて上半身を乗り出す。宮下サンが呆けて左手を解放してくれたので、その左手は彼女の後頭部へ。

怒られることが決まってるなら、一回も二回も三回も同じなので、何度も角度を変えて彼女の唇を貪る。

横目に見た加具山くんは絶句していた。彼はほら、常識人だからね。

「っと、いうわけでご馳走さま。涼音ちゃん。」

「な」

「おーかわによろしく。てか、げ。アイツとの間接キスか。腹立たしさを感じる。」

「に考えてるのよ!」

まあ、あんなん許可の内に入らないし、怒るのも仕方がない。怒られる前提でやったことだし。

でも勝手に狼だと隠してもいない私に近寄ってきたのはアナタだよ赤ずきんちゃん。

「私は、涼音ちゃんが好きだ」

「まあ、それはわかったけどね、でも常識的に考えて」

「常識ってなに?好きなものは好きってのが、私の常識だけど」

「……そうじゃなく、教室でキスも常識外でしょ」

「知らなーい。とりあえず、大河がいようといまいと、私はこれからはゆっくりじっくり涼音ちゃんを落としにかかるから」

もう一度言うが、本番に入った私は強い。それがぶっつけなら尚更。

「絶句しないでよ、可愛いじゃん。」

固まる彼女の頬にもう一度キスをする。

抱き締めたい衝動にも駆られたけど、そこまでしたら宮下サンの意識がまたはっきりしてしまうので、私はその前に逃げることにした。

あーあ、私がいつの間にか彼女を好きになってたみたいに、彼女も私を好きになってくれたらいいのに。

少しずつでも私を意識してくれればいい。

いや、意識自体はもうしてくれただろうけどね。

教室から逃げる最中に、廊下で彼女の彼氏とすれ違ったので、振り返ってソイツの背中に舌を出す。

でもまあ、大河はいい男なんだよね。勝ち目がないことは間違いないわけで。私のこの気持ちは、悲しいけれどきっと報われない。それならば。

ゆっくり溶かして、こんな気持ち消してしまえばいい。

あれだけやれば、宮下サンだって少しは私を警戒するだろうし。彼女が無防備でさえなければ、私も暴走しないで済むだろう。

そしたら私の気持ちは、勝手に一人で熱を持って、熱くなり過ぎて溶けて消えるだろう。それを世間では冷めるというらしいけど。

「どうせなら、二人で溶け合いたいんだけどね」

ため息のように吐き出された私の独り言は、授業開始のチャイムにかき消された。



2011/05/22
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