逃亡劇は終わらない
失恋というのは痛くて悲しくて苦しい。
失恋で出来た傷は新しい恋で癒せというけど、他の人が見れないくらいその人が好きで、フられても熱が冷めないとしたらどうすればいいんだろう。
好きになった理由を消せば楽になるのかな。
それとも、他のみんなも好きじゃなくなって、彼の特別を無くせば楽になれるのだろうか。
榛名と私が出会ったのは高二の春。クラスが同じになったのがきっかけだった。
私はそれはもう榛名が嫌いで、いやいや、嫌いじゃないか。嫌いではないけど好きでもなくてというのは嘘で。
最初から惹かれてた。
「えーと、平尾?だっけ?」
「そうだけど、えーと……?」
「バレー部なんだろ?久山先生呼んでっけど」
久山先生とはバレー部の顧問で、私はバレー部員だったために、放課後の部活のことで先生に呼び出された。
それを榛名が伝えに来たのが始まりで、私はただ、彼を見て、身長高いなあ。とか思っただけで、後は私は身長が低いから、背の高い彼に見下ろされたことに少し不快感を覚えたくらいだ。
「ああ、うん。ありがとう」
どういたしましてと笑った彼の顔なんて、もうおぼろげにしか思い出せない。
でも、なんでそれ自体を忘れられないんだろう。
キチンと好きだと認めたのは、その後に榛名と友達になって、夏休みに初めて試合を見に行った時だった。
県営球場のマウンドで投げる彼がかっこよかったというのもあるけれど、観に来いよとメールをくれたのが嬉しかったのもあるけれど、好きだと気付かせられたのは、試合が終わった後だった。
榛名が負けた。一緒に来てた友達が、様子を見に行こうと私に言った。でも彼を見付けてしまった途端、何を話せばいいかわからなくなって、私はその場から逃げ出してしまった。
何か言って傷付けたくなかったから逃げたんじゃなく、私は何か言って嫌われたくなくて逃げた。
そんなことは初めてで、私はその時漸く、自分が榛名のことを好きだというのに気が付いたのだ。
そして気になったのは好きになった理由。私は、彼と過ごした数ヶ月を思い返して、そのワケを探してみた。
心当たりはいくつもあって、その一つ一つを鮮明に思い出すことができて、今は、それを何よりも脳みそから消し去りたい。
榛名と過ごしてきた時間とその間に積りに積もった私の気持ちを全部誰かに売り払いたい。例えば、榛名が好きだと言っていたあの子とか。そしたらきっと榛名は両想いになれる。
あなたを好きだったのは誇れること。だとか、例えフられてもこの気持ちを忘れたくない。なんて、綺麗事は言えなくて、私は自分を嫌いになるくらい、過去を否定し続けてしまう。
きっと私はこうだからダメなんだ。なんて全部を理由にしたって結果は変わらないことは、明白であるにも関わらず。
その結果が出たのは昨日。図書室で二人で試験勉強をしていたときのこと。うっかり口から零れた、私の大切な気持ちは、彼にはハッキリ伝わらなくて、だから私は目を見てちゃんと伝えた。
「私は榛名のことが好きだよ」
と。
愚直なくらい、捻らず、ストレートに。
榛名が悲しそうに困った顔をして、手元の教科書に視線を落としたから、私は図書室から逃げた。フられるのがわかったから。
結果はわかったのに。それが変わることがないのを知っているのに。私は彼の口からそれを聞くことから逃げたのだ。
「平尾?」
「あ、榛名」
私は、今日、こうやって、放課後に帰らないで教室にいれば、彼が来ることがわかってた。
一日で心の準備なんて出来ない。なのに私はこうやって榛名を待ってる。榛名を困らせたくないなら、最初からちゃんと答えを聞けば良かったのに。
「来てくれたんだ」
榛名があの子を好きだって、私は相談されてもいないのに、得意になって言い当てた。
榛名はあの子が今も好きで、あの子は私が気持ちを売らなくても榛名を好きで。悲しいくらい両想い。早く、それを二人に伝えれば良かったのかな。それが正解だったのだろうか。
教室に差し込む夕日が眩しくて榛名の顔が見えない。見たくないから丁度良いんだけど。ああ、私の意気地なし。
「昨日の、その、悪い」
拒絶を表す台詞。予想通りで、私は安堵した。
安心して泣きそうになったけれど目の前では情けないから泣きたくなくて。ぼんやりと滲む視界を隠すように机を見つめる。
私には榛名と付き合ってどうしたいとかこうしたいというのがないし、多分コレは恋愛ごっこだったんだろうとか、自分に言い訳してみるけれど、虚しいだけで。
恋愛にごっこも何も無かったらしい。私は恋には恋してるし、それなら私は恋にフられたのだろう。
「いいよ、気にしないで」
そうは言っても、私の体内の水分が、目から勝手に抜け出ようとしてきて。私は、ここにはいられなくなり、今日も走って逃げた。
そして、榛名は今日も追い掛けてくれない。
私はいつまで逃げればいいんだろう。追い掛けてこない何かから逃げるなんて不毛過ぎやしなませんか。
それでも、私は足を止めることが出来ないから、誰か私を呼び止めて。なんて、思ってもいないことを頭の中で叫ぶように誰かに祈った。
私は自身のその叫びのせいで、よく知った声が私を呼ぶのになんて、気付かない。
振り返っても傷付くだけなのを私の頭は知っていたのだ。
2011/05/15
ぐだぐだうじうじするヒロインと榛名