上手な気持ちの伝え方/土方
坂田さんにちゅーされたのを土方さんに見られた。
五月四日の夜の話である。
私と坂田さんとは飲み友達で、今日は、昨日、大きな依頼をこなしてお金が入った坂田さんが、珍しく私に奢ってくれるということで一緒に飲んでいた。そして酔っ払った坂田さんが酷い暴挙に出たわけである。
飲み屋の外で。路地裏で。坂田さんは私にそれはもう熱烈に酒臭いキスをした。三軒目から四軒目に移動する最中で、正確に言えばもう五月五日になっていた。
三軒目を出て、四軒目に向かう途中。私が携帯電話で日付と時間を確認し、土方さんの誕生日だと言って、仕事中だろうとは思ったけれど、留守録に入れるだけでも、と電話を掛けようとしたら、携帯を持つ右手を、右手首を坂田さんに掴まれて、路地裏に連れ込まれ、壁に押し付けられて、以下略。
そこに、たまたま市中見回りがてら煙草を買いに出ていた土方さんが通りかかってしまったというわけなのだ。以上、状況説明でした。
「ひ、土方さん」
「ちょっとォ、人がいちゃついてんのガン見してないでくれますぅ?瞳孔がひらいててこわっむぐ」
五月蝿い口を塞ぎながら、未だに私を壁際から解放しない坂田さんを引き剥がす。
土方さんが冷たい目で私を見ている。慌てて弁解しようにも、彼もお疲れなようで、機嫌も悪そうで、つまりは話を聞いてくれそうにない。
好きなんて、愛してるなんて言葉で確認したことはなかったけれど、私と土方さんは愛し合っていた筈で。
キスも、それ以上もした、ベタベタとはしなかったけれど、隣に置いてくれるのは普通になって、休みの日は二人きりで食事などに出掛けたりもする。
言葉はお互い足りなくて、私はたまには不安になったけれど、今日だって坂田さんにそれを愚痴ったけど、愛を感じていないなんて事はなく。
つまりこれは裏切り行為で。坂田さんが酔っ払っていて、もう頭が髪質の問題だけではなくくるくるパーになっていたとしても、私にも警戒心の薄さという非があった。というか、それしかない。私がもっとちゃんとしていれば、坂田さんだってこんなことしなくて済んだ。
「土方さん、あの」
私は坂田さんの口を塞いだまま、その沈黙を破る。
「ぅ、ひゃぁ」
すると、坂田さんに手のひらを舐められた。びっくりして手を離すと坂田さんはその隙をついて、私をきつく抱き締めた。この人加減出来てない。苦しい。
向きの関係で土方さんの様子がわからない。続きの言葉は紡げない。
「あァ、帰んの?見てけばいいのにー」
坂田さんが先ほどと矛盾したことを言う。そのセリフで、私は土方さんが私達に背中を向けたことがわかった。坂田さんには全力で抵抗しているのだが、男の人の力には適わず、離れることが出来ない。
「坂田さん、すみません離してくださ」
「俺は、千紗子ちゃんが好き。アイツみてェに寂しい思いはさせねえ」
耳元で囁かれた言葉。
坂田さんの腕の力が少し緩んだのを感じた。やっぱり、坂田さんは、根元の部分がとても優しい人で、酔いの大分回った頭には、少し、効いた。
「すみません、でも、私は土方さんが好きなんです」
彼からゆっくりと離れながらそう言って、深く頭を下げる。
顔を見れば、坂田さんは微笑んでいた。淋しそうな笑顔だったけれど、真っ直ぐと強い物を感じる。
「早く追いかけろよ。銀さんは一人で四軒目行ってくらァ」
飲み代は一人分のが安く済むしなァ。とすれ違いざまに私の肩を叩き、坂田さんは夜のかぶき町に消えていった。
そして私は、屯所に向かって走り出す。
「土方さん!」
呼び止めただけでは振り向いてくれない可能性を危惧した上での跳び蹴り。
ズシャアアア!と派手な音を立てて土方さんが転がった。鬼の副長が一般人にここまでされて大丈夫なのだろうか。
「テメェ、いきなり何しやがる!」
「私の話は途中だったのになんで帰ってんですか!」
申し訳ない気持ちより、苛立ちが先行。
黙って、なんの文句も言わずに謝るだけが愛じゃない。
地面に仰向けに転がる土方さんに馬乗りになり、私は彼が逃げないようにきちんと捕縛した。
「誕生日おめでとうって、それくらい言わせて下さいよ」
「お前、あの状況で、んなこと……」
「えーと、今日の、五月五日の接待は、神楽坂で、芸者衆呼んで、それは浮気とは違いますけど、私のは浮気?」
「そりゃ、仕事なんだからしょうがねーだろ、つーか誰にそんなこと」
「総悟君がご丁寧に連絡くれました。言いますけど、私のだって、酔ってたし、土方さんが構ってくれないから、誕生日も一緒に過ごせないから、寂しくて、だから仕方ないことなんです」
襟を掴んで、文句垂れ流し。酔っ払っているのだから、それも仕方がない。
「いっつも、一緒にいたいって思うのは私ばっかり」
「そんなことねーよ、そりゃお前の」
「言ってくれないから勘違いも思い込みもするんです」
だから、好きって言って下さい。と掠れた声で要求。
涙が溢れてきたのを片腕で拭おうとすると、土方さんの腕が伸びてきて、彼の親指が代わりにソレを優しく拭い去った。
「好きだ。愛してる」
夜の静寂に、その台詞がポツリ。すぐに消えてしまったのに、私の中には、暖かく残る。
「ごめんなさい、本当はこれを最初に言うべきでした」
「いや、俺も悪かった」
「跳び蹴りとか、いきなり何事だよって話ですよね」
「それは、俺も思った」
彼の上からどこうと腰を浮かせると、上半身を起こした彼に腕を引かれて抱き寄せられた。
そして甘く、苦いキスをされる。やっぱり私はお酒より煙草の味の方が好きだ。
「六日は非番なんだよ。一緒にメシでも食いに行くか」
「……はい。」
坂田さんには今度飲み代返すべきなんだろうな、とか。
他の男のことを考えていることに気付いたら、彼は怒ってくれるだろうか。
2011/05/05
書く予定なかったのですがついつい書いてしまいました。久々だから土方さんのキャラがわからなくなっていたという悲劇。坂田さんでしゃばらせてすみません。