無機物少女と情報屋/臨也


そもそも俺が、『無機物少女』こと、平尾千紗子に出会ったのは、運悪くシズちゃんに出くわし、自販機を投げつけられた時だった。

その光景を見て、恍惚とした表情を浮かべていた彼女に対し、俺が思ったのは、あの子はシズちゃんが好きなのだろうということだけで、彼女を直接見るのは初めてでも、俺は事前にそういう形で彼女の存在を知っていた。

噂があったのだ。平和島静雄を見ては、顔を赤らめる人間嫌いがいるという、そういう噂が。

化け物が好きなのだろうと、池袋の人間の中では、彼女に対するそういう認識が植えつけられていた。シズちゃんが彼女をどう思っていたのかは知らないが、まあ、仲良くやっているようだった。

その認識を改めさせられたのは、シズちゃんを陥れるために、彼女をさらった時だった。

さらったのは勿論俺ではない。どこかの人間が、俺の思惑通り、彼女を勝手にさらっただけだ。

結果、俺は彼女と付き合うことになった。



「千紗子ちゃんおはよう」

「ああ、イザヤさん。おはようございます」

日曜日の朝。うちにあるテーブルを綺麗に磨く彼女にそう声をかければ、彼女は機嫌がよさそうに微笑みながら、そう返事をした。

「今日も綺麗だね」

「ありがとうございます。今日はいつもより頑張ったんですよ」

満足そうに笑い、彼女はキスをした。自身が磨き上げたテーブルに。

「ほら、冷蔵庫も見てあげて下さい。可愛くなったでしょ」

「相変わらず綺麗だとは思うけど、可愛さは全くわからないな」

「ふふ、わかられたら困るのでいいですよ。そしたらきっとイザヤさんもこの子達に惚れちゃうもの」

彼女は決して人間が嫌いなわけではないらしい。ただ、人間より無機物が好きなだけで、人間の友達も普通に欲しいのだという。(ちなみに彼女のは無機物という言葉を正しくは使っていない。基本的には、動物や、植物などの生き物以外をそう称している。)

なので、学校では自重し、人のいない教室で黒板とのスキンシップをはかったり、掃除の時間に教卓を執拗に磨いたり、はたまた体育で使った用具を片づける際、一人になったところでマットと戯れたりしているらしいのだが、最近になってそれを何者かに目撃され、噂になってしまった為、隠れ蓑に俺を利用しているのである。

「惚れないよ。死んでもね」

「イザヤさんは人ラブですもんね。あ、朝ご飯どうします?」

「んー、今日は今から人に会う予定だから外で食べることにするよ」

「池袋ですか?」

「いや、違うけど」

「ああ。じゃあいってらっしゃい」

池袋だったらついて来るつもりだったのだろう。彼女はシズちゃんのなげる自販機が大好きなのだ。



逆の話をしよう。

俺が何故彼女と付き合うことにしたのか、実際それは俺もよくわかっていない。

シズちゃんと仲のいい彼女に恩を売りたくもあり、また、彼女の性癖に興味もあり、彼女の心を折りたかった。

人間を好きにならないとたかを括っている彼女でも、何かしらきっかけを与えることでその気持ちに変化がみられるのではないかと思ったのである。

俺が相手でなくてもいい。例えば、俺と付き合うことによって巻き込まれるトラブルの中で、誰かに助けられたら、誰かを助けることになったら。

例えば、恋人だからという名目で、彼女を犯してみたら。

それも、彼女の愛する無機物を使って、強引に穢してあげたとしたら。

彼女は、どうなるのか。

俺は、多分、ただ純粋にそれが見たいのだと思う。

「彼女が、折原臨也の弱点として認識してもらえるのが一番なんだけどねえ。」

俺のそのセリフに、目の前にいる男が、は?と声を出した。

「いや、こっちの話です。で、なんでしたっけ?」

「折原さんちょっとしっかりして下さいよ。だから、」

相手の話をしっかりと聞き、流しながら、俺はこの件に彼女をどう関わらせるかを模索する。

「わかりました、じゃあ、また後日連絡をいれます。」

「はい、お願いします」

切り裂き魔について今更調べたがる人間がいたのは驚きだったが、さて、一体どうしたものか。

依頼人と別れ、大通りにでてタクシーをひろい、それに乗り込む。


そういえば、罪歌をみたら彼女はどう思うのだろう。この間、俺のナイフに愛を語っていた彼女だ。嬉しそうに愛でるだろうか。彼女さえ罪歌を気に入れば、初めての相思相愛になるのだから。

もしくは、罪歌を否定してくれるだろうか。

これからのことを考えると自然と笑みがこぼれる。

「面白い子を拾ったもんだよ、全く」

その呟きに対して、なんの反応もしない運転手といい、やはり人間というのは面白い。



2011/05/04
シリーズになるやもしれませんが未定。ここまでで書きたいこと書ききった感もあります。
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