はじめまして大好きです/臨也
某日。池袋の西口公園にて。私がアニメイトで仕入れたラノベを読んでいると、不意に、あのさあ。という声が聞こえた。少し顔をあげると、高校時代のクラスメートが携帯の画面を微妙な表情で見つめている。
なんか、珍しい光景かも。そんなことを考えながら、その元同級生に声を掛けられた相手は多分自分じゃないだろうと、私は自分の読んでいた本に目を戻す。
「俺は君に話しかけてるんだけど。」
そう言って元同級生は私の本を取り上げた。私はそこでようやく彼、折原臨也が自分に話しかけていることを理解する。
しかし、なんでだろう。私は彼とは────
「俺は君とは、ほとんどどころか高校時代全く話したことないような、無関係と以外言いようのない、元クラスメートな筈なんだけどなあ。」
「うん。だからなんで私に話しかけんの?」
「いや、なんではこっちの台詞だから。」
折原の言っている意味がわからず、首を傾げる。
これさあ、君のメアドだよね?と見せられた携帯の画面には、なるほど。どこから仕入れたのかは知らないが、私のアドレスが表示されている。
そうか。彼はそれがききたかったのか
「俺には、このメアドの意味を"臨也死ね"以外に読み取ることが出来ないんだけど」
「ああ、うん。そういう意味だし。」
「だからなんで?」
「その時の気分だよ。メアド決めるとき、静雄くんが臨也死ねって叫んでたから。でもかなりひねったのによくわかったね。」
「君の大親友が意味をわざわざ読み解いて俺に教えてくれたんだよ。」
私の大親友。なんてこの世界には一人しかいない。あいつ人のアドレス勝手に教えやがって。なんて思ったが、とりあえずそれに文句はない。アドレスなんて変えれば済む話なのだから。
「じゃあメアド変えるよ。ごめんね。あー面倒臭い」
「いや、別に面倒なら変えなくても良いけど」
「ならなんでわざわざ?」
「ほら、好きな人の名前ひねっていれるならわかるけど、わざわざ嫌いな奴の名前をメアドに入れるような人間がいるのかと思ってね。だから理由がききたかったんだよ。それはツンデレ?みたいにさ」
ツンデレは私の親友の想い人だけで十分だ。
あっそう。そう言って私は折原に取り上げられた本に手を伸ばす。
折原はすっと手を動かし、私のその手を避けた。
「折原くん?返してくれない?」
「あのさ。」
「なに?」
「シズちゃんのことはどう思ってる?好きなの?臨也死ねって意味合い自体が捻りなんじゃないの?」
不快だ。不愉快だ。答えを知っている癖にそう問うてくる折原に苛立ちを覚える。
最初からわかってて聞いたのか。最初からわかってたから、わざわざそんなことを訊きにきたのか。
「つまり、君は俺じゃなく───」
「静雄くんを意識してメアド決めて悪いかばあか。」
「素直で結構。でさ、シズちゃんはシズちゃんで君に気があったりするんだよ。俺はそれが嫌なわけ。わかる?」
「さっぱりだね」
「もちろん君のことが特別に好きだからってわけじゃない。それは理解してるよね?いくら君でも、なにせ君なんだから。」
「私は折原くんの考えなんてわかりたくもないの。わかる?」
「さっぱりだね」
初めて話すわりには息が合っている気がして、なんだか気持ちが悪い。そう言えば親友は、この男のことを『反吐が出る』と評価していたっけ。
「そもそも、私が誰を好きであろうと、折原くんには関係ないでしょ?」
「ん?今好きな人って言った?好きだったじゃないんだ?高校時代からメアド変えてないわけではないんだねえ。ああ、それと、俺に関係ないっていうのは否定するよ。君の好きな相手がシズちゃんで、シズちゃんも君に気がある。それはつまり俺に関係があるってことなんだよ。俺にはそれが面白くなくてたまらないんだから。」
「だとしても、折原くんの気持ちなんて私には関係ないもの」
酷いなあ。と折原が笑った。それこそ酷く、愉快そうに。
折原の後ろで、噴水の水が吹き上がる。曇天の空に水は少しもきらめかない。
「最終的に折原くんは何が言いたいわけ?」
「結論を求めるのが早いなあ。もうちょっとゆっくり話そうよ」
「うるさい。もう一度聞くわ、何が言いたいわけ?」
「おー怖っ!わかったよ。結論ね結論。つまり俺は、君の反応を見て楽しみたかったんだよ。」
「へえ、それで?」
「やっぱりシズちゃんなんか好きになるだけあるよね。結論に続きを求めるなんてさあ。結論は結論。これが全てだよ。」
「じゃあ、結論の手前の部分ね。なんで、人間の中で今回は私を選んじゃったの?」
「俺さ、君のそういう危うい好奇心は好きだよ」
真顔で言われたその言葉に背筋がぞっとした。続いて狂ったような馬鹿笑い。相変わらず壊れたやつだ。昼間からなんなんだ。道行く人々がこちらの様子を伺いながらも、関わりたくないと早足で逃げていく。
「折原くん。そんなに笑ってると静雄くん来ちゃうよ」
「ははっ、来たら嬉しい癖に。でもそんな風に気を使ってくれる君に良いことを教えてあげよう」
「ろくなことじゃ無さそうだからいらない」
「そう言わないでよ連れないな。人の好意は黙って受け取るべきだと俺は思うよ?」
折原以外の好意なら喜んで受け取るわ。と言ってやりたかった。なのに、唇が塞がれて声が出ない。いつの間にか零になっていた距離。驚きまで混じり、声を出す気すら起こらない。
「んぅ……」
酸素を求め、僅かに開かれた唇から舌がねじ込まれる。気持ち悪い。口内を犯し続けるその舌が、それにびくりと反応する身体が。客観的になりそうになる。自分の身体を手放したくなる。
「俺は二つ嘘を吐きました。まず一つ目、君がシズちゃんのこと好きってのが気に入らない理由について。で、二つ目はなんだと思う?」
息を切らしている私に対し、けろりとした顔で折原は訊いてくる。
息を整え、酸素が足りていない脳みそに酸素を供給しながら、私は折原の言ったセリフを順に思い出していく。
この会話で、嘘を言えるタイミングなんて、私にはそれしか思い付かなかった。しかし、それがもし嘘だとしたら
「最終的にさ、俺はアンタのことかなり気に入ってるから、シズちゃんなんかやめとけば?ってことを言いたいわけ」
「ちょっと待ってよ。なんで話したこともない人間気に入ってるの?」
「話をしないからこそなんとなく気になってた人間のアドレスが、自分に対しての暴言だったら、誰でもその人間気に入っちゃうと思うけどなあ」
「普通気に入らないよ。このドM。」
彼の話は理解出来なかったが。かなり面倒でやばいことになったことが良くわかった。そして折原がサディスティックなマゾヒストなことも十分わかった。
「自虐的な加虐主義者な君と、君の言うドMな俺は、結構相性がいいと思うけどなあ」
これから落ち着きのない生活を送るであろう未来の私に、彼に早いとこ話し掛けなかった過去の私は土下座すべきだと思う。
再度吹き上がった噴水を見ながら、私は思った。
2011/04/30