毒を喰らわば愛まで/臨也


「あのさあ、君一人で何してるの?」

「ナンパ待ちに見えますか?」

私の言葉に、その男は少しも顔を歪めなかった。黒で統一されたコーディネートからは、異様な雰囲気が漂っている。そもそも、池袋は、色んな人間の集まる街なので、それがおかしいわけではない。が、彼からは何故か異常さを感じた。

サンシャインシティ内の噴水の前、ここは割りと人が多いわけだが、軽く周りを見わたしても、同じような異常さを感じる人は居ない。なんなんだこの男は。と、あからさまに嫌そうな態度をとってみたが、男はピクリとも動かない。ただ笑っていた。

「俺も別にナンパをするために君に話し掛けたわけじゃないよ。」

「じゃあ尚のこと何なんですか?」

ただのナンパじゃない分面倒そうだ。そう思った。聞いてる振りをして、立ち去ろう思ったのだが、タイミングの悪いことに、待ち合わせをしていた友達が、私を見付けて手を振っているのに気付いてしまった。

「あ!臨也さんじゃないですか!もう来てたんですね!こんにちは!」

待ち合わせをしていた友達は、何故か私よりも先に、その怪しい男に挨拶をした。イザヤと今言っただろうか。今日、私がこの女と待ち合わせをしていた理由は、確か会わせたい男がいる。ということだった気がする。

つまり、この男が会わせたい人、というわけで、私に迷わず話し掛けてきたのは、友達が私の写真か何かを見せていたからなのだろう。そんな風に強引に納得しようとしたのだが、一度、異様だと、怪しいと判断してしまったせいか、どうも不安が拭えない。

「で、こちらが折原臨也さん。例の彼と別れさせてくれた人なの。」

友達は、先に私の紹介をイザヤさんという男にしてから、私にその男を紹介した。

例の彼。暴力的で、彼女をしょっちゅう殴っていた彼とは、私だって何度も別れるように言ったし、彼の方とも話をした。それでも別れようとしなかったのは彼女だった。なのに今、別れさせてくれた人と言わなかったか?

「へえ……そうなんだ。」

ショックを受けた。というのとも何か違う気がするが。私はうまく返事が出来なかった。正直、腹が立った。イザヤという男に対してなのか、友達に対してなのか、それはイマイチわからなかったが、とにかく、苛立ちを感じる。

「私も臨也さんに話を聞いてもらって楽になったし、ほら、確か、そっちも彼氏と別れたんでしょ?話聞いてもらえば?」

有り難迷惑だ。とは言わずに、私は別に、嫌々別れたわけじゃないし、と笑って誤魔化そうとしたが、彼女が妙に信頼を寄せている、イザヤさんの顔を見て、思考回路が停止した。

私にしかわからないように、友達がこちらを向いているのを確認して、音を出さず、唇だけ動かした。笑顔で、冷たく。

声は出していなかった筈だ。少なくとも、友達はなんの反応も示さなかったので、彼は本当に口を動かしただけなのだろう。だけどはっきり伝わった。

『うそつき』

私には、はっきりとそう聞こえた。

「───ごめん、私帰る。」

そう言って、即座に逃げた。60階通りを抜けて、池袋の駅まで、人混みをすり抜けて、スピードを出来るだけ落とさずに走る。

駅につく頃には、息は上がっているものの、恐怖に近い感情は落ち着いてきていた。そもそも私は池袋の人間ではない。せっかく池袋にまで出てきたのだ。どこか寄って帰ろう。と、ジュンク堂の方へと足を向けた。

「なんで逃げるのかなあ?図星だったから?」

ホラーだ。その男、オリハライザヤはそこにいた。友達の姿はない。私がそれを気にしているのに気付いたのか、オリハラは、あのこはもう帰ったよ。と私に告げる。

「嘘を吐いたつもりなんてありません。」

「誰かを探すみたいに、期待と諦念の混じった瞳で人混みを見回して、それで本当に彼氏と別れた事を気にしてないつもりなら、それは単なる思い込みだよ。」

「私はただ友達を探してただけで、」

「じゃあなんで、その元彼とのデートコースに忠実に歩いてるのかな?会えるのを期待してるんじゃないの?」

サンシャインに行った後に、私の我が儘でジュンク堂に寄って、時間があったら無印良品を見て────なんで、それを知っている。友達だって、そんなお決まりのコースは知らないはずだ。

「なんで、」

「君の元彼ね、もう他に女がいるみたいだよ。別れた理由は浮気なわけだし、まあ君も当然知ってるだろうけど」

「なんで、そんなこと……」

ストーカーという雰囲気ではない。そういう偏執狂的な、変質的なオーラではない。なに?私、この人に遊ばれてる?

この私が、オリハライザヤ如きに遊ばれてる?馬鹿みたいに人間という生物を愛してるっていう、私を落としいれた。折原臨也如きに。

「私が好きなら、そうやって楽しんで頂いても構いませんけど、好きじゃないならやめてくれます?」

「ああいうこの友達なのに、プライドは高いんだねえ。だから興味あったんだけど。」

「オリハラ……折原、臨也さんでしたっけ?あなたがあの折原さんだろうが、あの折原さんじゃなかろうが、私は自分の誇りを捨てる気はありません。」

「アハハ、やっぱり俺のこと知ってるんだ?」

「知ってますよ、彼をあの女とくっつけた、最悪なキューピットですよね。いや、悪魔って言った方が正しいかもしれませんね。私がそんな最悪で性悪な悪魔の存在に気付かないわけがないでしょう?」

私だって同じことをしたことがあるのだから。私は、彼の、いや、元彼の元カノを他の男に惚れさせて、元彼をモノにした。でもそれは好きだったからだ。折原とは違う。

「俺は君のこと好きなんだけどな。」

「あなたが人間を愛してることなんて、池袋や新宿の人間なら、今時幼児でも知ってますよ。」

「幼児でも、か。そこまで小さいと意味もわかってない気がするけど、そこは納得してあげよう。でも納得いかないなあ」

「何がですか。」

「俺はちゃんと、君が特別に好きだよ。」

獲物を、狩る目が一瞬だけ見えた。大人しく狩られるなんてごめんだとは思いつつも、私は折原に手を伸ばす。

「私の愛は、重いですよ?」

手が、折原の頬に届いた。温かい。あんなに冷たい雰囲気を醸し出す人なのに、温かい。

「まあ、あなたのことだからそのくらい知ってるんでしょうけど。」

ならば私は、彼を潰してしまうまで愛してしまおう。



2011/04/27
再録。このヒロインは覚えにくい名前は覚えないタチなんだと思われます。
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -