諦念と恋心
「彼氏が出来たのだよ」
にまにまと笑って私に報告した彼女に、私は軽くデコピンしてやった。やれやれ、きっと今日のヤツの機嫌は最悪だ。
「へえ、どんな人?」
「サッカー部の正田くん!私のことずっと見てたって!きゃー!」
ストーカーだね。と笑ってやれば、思い切りはたかれた。デコピンには文句一つ無いのに変なヤツ。
兎にも角にも、私は彼女から離れ、私の自称大親友であるオレサマに、その事実を報告しに行く事にした。
「今度こそ諦めたら?あの子はあんたを絶対に幼なじみ以上には見てないよ」
「うっせ、お前に何がわかんだっつの」
そら、客観的に見たアナタの立場ですが。
まあね、あの子が彼氏と別れる度に下心付きで慰めて、元気付けて、色々頑張って来たのに諦めるのはキツいと思いますけど。
でも、これだけ彼女がアナタを避けて彼氏作るって、やっぱそういうことじゃありません?
「いつまで頑張るの?」
「アイツは、オレンこと好きな筈なんだよ」
「遂に頭が可笑しくなったか」
「頭が可笑しいとかじゃなく確信してんだっつの、だってアイツオレといるときが」
一番可愛い。と小さい声で言った榛名くんが乙女過ぎて、声を出して笑いそうになったが自重。
屋上に続く階段の上から二段目に腰を掛けている彼に対して、私は、登りきったところの手すりに体重を掛けているわけなのだが、少し足を伸ばせばその背中を蹴れるんだよなと思ったり。やらないけどね。
「だとしてもさ、あの子は榛名くんと付き合わないじゃないの。」
「照れてンだよ今更だから」
それはコクることすら出来ない君の事だろう。
「はるにゃん」
「誰だよそれ」
「意固地になるのは良くないよ。前に別の人好きになったこと、あるんでしょ?その人は諦められてるじゃない」
「あのなー、その人とアイツはちげーンだよ。それは何回も言ってンだろ」
彼の旋毛を見つめながら、私はその言葉を黙って聞いた。
不毛なのに、榛名くんはなぜこんなにも彼女を好むのだろう。不思議。っていうのは私が恋をしたことがないからだろう。
諦められない気持ちとかを知らなくて、逆に挫折も知らずのうのうと生きてきて、でもだからこそ、そんな私だからこそ、きっとこうやって榛名くんの相談にのれているのではないかとも思う。そうだったら、いいな、って。
「いつも言ってるけど告白、してみたら?」
「は、なんでだよ。ヤダ」
「だってさ、好かれてる自信あるんでしょ」
「自信あっても今アイツ彼氏いるんだろ?」
「榛名くんはいっつもそう。彼氏がいるから告らない。いないときは、別れた直後に、それにつけ込むようなことしたくない。だっけ?言ってることは正論とか、優しさに聞こえるけど、ただ怖いだけだよね。ねえ、榛名くんはどんな打者でもマウンドに立つでしょ、それでちゃんとボール投げるじゃない。ボールを投げるごとに夏は終わっていくのに投げるじゃない」
「意味わかんねーよ。なんだよソレ」
「榛名くんは、春を終わらせるのが怖いだけだよ」
空気が冷えた気がした。振り返った彼の鋭い目が、私を睨み付ける。
「私は、言いたいこと、言うだけ言った。」
榛名くんが立ち上がる。私は思わず、手すりから離れて、きちんと直立した。動きやすいように。何も言わない彼がちょっと怖かった。
嘘だ。本当は凄く怖い。殴られたり怒鳴られたりがじゃなくて、私は彼がこのまま階段を降りていってしまうのが怖かった。
「榛名くんも、言うだけ言いなよ。いつも私ばっか話してる」
「千紗子さ、オマエなんなわけ?」
階段を一段、二段と上がり、彼が私の目の前に立つ。
威圧感はあるけど、手の届く範囲に彼がいるのに、私はよくもわからず安心をした。
「オレは、アイツが今まで付き合ってきたどの野郎よりもアイツんこと知ってるしわかってンだよ」
「うん」
「オマエより」
「うん」
今まで顔を見ずに話してたから気付かなかった。彼がこんなに辛そうな顔をしているなんて。
威圧感でじゃなくて、その表情に心臓が潰されそうだった。ぺちゃ、じゃなく、ぐちゃって。
「諦めるべきなのだって、アイツのオレに対する好きが、違うんだっつのも、わかってンだよ」
「うん」
「自分が傷付くのが怖いとか、諦めンのが怖いのも確かにあっけど、オレは」
「うん」
「アイツから、大切なモン取り上げんのが、一番怖い」
お兄ちゃんみたいに頼れるって。あの子榛名くんのことそう話してたよ。
榛名くんだってきっと、言って楽になりたいんだ。告白して、気持ち吐き出してフられて。でも、フった方も傷付くもんね。
「はるな」
「でもな、言わないでどうやって諦めりゃいいのかわかんねーし」
「はるな、はるな」
「前は、もっとうまくできてた」
彼が泣きそうで、泣きそうで。
私も、泣きそうだった。
「ごめんね」
わかってなくて、わかれなかった。
今の話だって、私にはきっとちゃんとは理解出来てない。意味は理解出来ても気持ちは理解出来ない。
だから私の判断材料は、話じゃなく榛名の辛そうな表情だけで。
「ごめんね、ごめん」
「謝んなっつの、オマエは間違ってねーし」
「でもきっと榛名のが正しいよ」
榛名が口を開きかけたところで、昼休みの終わりを告げる鐘がなった。予鈴だったけれどそろそろ行かないと授業に間に合わないことは明白で榛名は多分、最初に言おうとしていたこととは別のことを口にした。
「あー、そろそろ、教室戻るか」
「うん。そだね」
いつもみたいな普通の顔をして、階段を降りていく彼の背中。
次は現国だから山口先生だとか、六限の数学の課題やってないだとか、そんなことを言って、私より上手に平静を装っている。
「ねーあのさ榛名」
「あ?ンだよ?」
私にしちゃえばと言いたくなったのだけど、それはやめて、私は彼が今一番喜ぶであろう事を言った。
「数学の課題、後で見せてあげる」
「おー、サンキュー」
私ね。自分がこんなにアナタを好きだったのも、わかってなかったよ。
数学の課題は実は私もやっていなかったけれど、仕方ない。大した量もないから現国の時間に済ましてしまおう。
恋愛と違って数学は、答えを出すのがとても簡単だよね。それどころか恋愛ってわかりやすい形で出題すらしてくれないし。二人でじゃないと解けない場合もあるし。
三歩先を歩く黒髪を見つめて、私は溜め息をつく。
あーあ、この問題も、現国の間に解き終われればいいのに。
2011/04/20
恋を自覚する瞬間というのが私は大好きです。あ、私コイツが好きだ。って感じる瞬間ってときめきませんか。
ちなみに書きたかったのは諦めの悪い榛名くんです。