後をたたぬ後悔/都築
夜行バスなんて初めて乗った。
先ほど放り投げた携帯電話は、とっくのとうに夜の闇に吸い込まれていった。
私なんでこんなことしてるんだっけ。なんにせよ、後悔はしていない。後悔は常にしないように生きてきた。
ああ、だからこそ私は、どうせ後悔なんてしないから、全部嫌になったなんて適当な気持ちでこんなことをしているんだっけ。
「今更戻るのもなあ。なんだか後悔してるみたいだし。」
後悔をしてみたい。そんな気持ちももちろんあった。だが、今戻っても、後悔してるみたいなだけで、私は今日のプチ旅行についてなに一つ後悔などしないだろう。
不意に出た独り言が少し恥ずかしくて。周りの様子を窺う。ふむ。隣に座る男以外は寝てしまっていたようだ。
なんならこの人も寝てれば良かったのに、とちらりとその男に目をやると、ばっちりと目があってしまう。
「あ、えーと」
「戻る所がないなら、一緒に行くか?」
何を言ってるのかさっぱりわからなかった。戻る所が無いわけでも、何を感じたわけでもない。だが、私はいつの間にか頷いていた。
「君の名前は?」
躊躇いながらも、自分の名を告げる。何故だか後悔した。なんで言ってしまったんだ。私の馬鹿、と、直感が私にそう訴えかけた。
「あなたは?」
訊くなと全身が拒否しているのに、私は彼の名前を訊いてしまった。後悔することがわかっているのに。後悔したいわけがないのに。後悔したことを後悔するのに。
バスの僅かな揺れに、気持ち悪くなってきた。私はこのバスに乗ってしまったことすら、後悔し始めている。
「都築だ。」
そう名乗った彼に、背筋がぞくりとする。この男はどこを目指してるんだろう。何を目指して、私をどこへ連れて行く気なんだろう。
「都築、さん。ですか。」
野心の塊のような、そんな男だ。自分ができる範囲のことを後悔しないように、適当にやって生きてきた私とは、住む世界が違う男だ。
ただ、交わってしまった。この瞬間。私は、彼の住む世界に踏み込んでしまったのである。
初めて感じた数々の後悔に混乱しながらも、私は一番後悔しなければならないことに辿り着く。
それは多分、頷いた理由。
私は、一目で彼に惚れてしまっていた。
この人の為なら、後悔してもいいなんて思ったことを後悔した。後悔なんて、しないに越したことはないじゃないか。そんな当たり前のこと、そんな私のポリシーを忘れてしまう位、私は彼に魅せられた。
私の後悔尽くしの人生は、この日から始まった。
2010/06/12
夜行バスなんで、多分都築さんがそこまで偉くなってない頃だと思います。
狂気の沙汰の都築さん好きです。