人の夢は儚くない/榛名


「榛名がプロになったら結婚しません」

なんでだ。

少女漫画やドラマ、今時は、少年漫画でもラノベでも、ゲームなんかですら、きっと物語のヒロインは主人公の夢を応援してくれると思う。

ましてや彼女は、オレの"彼女"だ。

彼氏の言った、『プロになったらプロポーズしてやるから。』という台詞を、例え軽く受け止めたとしても、逆に重く受け止めたとしても、応援する方向で返事をしてくれるのが普通の彼女というヤツなのではないだろうか。

「ンでだよ」

「ベツに、浮気の心配してるとか、榛名を野球に集中させたいとかじゃなくてさ」

「ああ?」

「私、普通の家庭持つのが夢だから。」

ワガママ過ぎるだろ。いや、高望みはしていないのだろうが、それが高望みだ。

しれっと酷いことを言いやがった彼女は、何故かつい先程からカッターで鉛筆をひたすら削っている。

ちなみに普段授業に使っているのはシャープペンな筈だ。

使うことのない鉛筆をカッターで削り続けるなんて無駄にも程があるだろう。

意味不明である。

「プロ野球選手の妻っつったら、普通は喜ぶだろ」

「そう?じゃあ仕方ない。いいよ。プロ野球選手の妻でも」

意外にも軽く自分の意見を曲げ、彼女は削りカスに息を吹きかけ、机から床へと落とした。

掃除当番泣かせなヤツである。オレは何故コイツと付き合っているんだろう。

「そーか」

「でもそうじゃなくてもいいよ」

「は?」

「プロ野球選手の妻じゃなくても、名字を榛名に出来るなら、私なんだっていいよ」

彼女は、オレの軽い台詞に照れていただけなのかもしれない。

顔色が変わった様子は無いが、彼女はあまり感情が表情に出ないタイプだし、なにより、彼女の意味不明な行動の意味は、大抵照れ隠しなのである。

「だってさ、榛名は私がベツに、気象予報士になれなくてもプロポーズしてくれるでしょ?だから私も、榛名が相手ならなんでもいいよ。ただの会社員だって構わない」

とりあえず、名前で呼ぶ練習しとくね。と呟くように言われ、オレの顔に熱が集まる。

彼女との結婚をきちんと現実にしたいと本気で思った。やはりオレは彼女が好きだ。好きだから付き合っている。

それは至極、当たり前の事で、当たり前過ぎて、なのに不思議とすぐ見失ってしまう。

好きだから付き合っている。簡単な答えだ。だが、好きという答えに、オレはいつもなかなか辿り着けなかった。

恋愛ってのは難しい。と漠然と思った。まあ、それがどうしたという話なのだが。

「……あー、オレは練習いらねーな。いつも名前で呼ぶかオマエだし」

「いやいや」

「ああ?」

「子供が出来たらお母さんとか、ママって呼んでくれなきゃいけないんだし、それ練習しといてよ。」

「子供ぉ?」

彼女の思い描いている未来が、オレの思い描く未来と違っていたとしても、それでも一向に構わない。

どうせ二人は一緒にいる。

そして、オレは、彼女さえいればどんな未来でも受け入れられる。

「あ。そうだ。子供の名前の候補決めない?」

「気がはえーだろ」

「いいのいいの。祭りは準備が楽しいんだから。恋愛も結婚も同じ同じ。」

よくわからない。が、まあ、とりあえず。

「オマエとなら祭りの後もずっと楽しいだろ」

「!」

鉛筆は全てゴミになっていた。する事のなくなった彼女が顔を上げてこっちを見ていた。

頬がほんのり赤く見えるのは気のせいだろう。多分窓から差し込む夕日のせいだ。

彼女が顔を赤くするなんて、そんな嬉しい事があるわけがない。

「……え、と、ああ、まあ、榛名となら……うん。そうだね」

恥ずかしそうに目を逸らして彼女は言う。

「きっと、ずっと楽しいね。喧嘩も沢山するだろうし、何度も嫌いって言ったり言われたりして悲しくなったりもするだろうけど、ずっと一緒にいれば、それすら楽しい思い出になるだろうから、」

少しだけ、間が空いて、続きの言葉が紡がれる。

「絶対、結婚しようね」

気のせいじゃなく、彼女の顔が赤いのは見てみぬふりをすることにした。

「当たり前だろ」

間違いなく、オレの顔も彼女に負けないくらい赤いだろう。

まず練習すべきなのはお互いの無自覚な殺し文句に耐えることなのかもしれない。



2011/04/12
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