机上の空論
"好きだと叫べばこの気持ちは届くだろうか"
知らないよ、そんなこと。知った事じゃない。なんで人間ってのはこんなにも愚かでバカなんだろう。
どこかのサイトの掲示板にあった書き込みに、私は心の中で罵声を浴びせてから、インターネットを終了し、ノートパソコンの電源を落とした。
好きだと叫べば気持ちが届く?叫んだだけで全ての気持ちが伝わるのなら、世の中の恋する乙女が苦労する筈がない。自作の歌だかなんだかわからないが、あんなものを公開して恥ずかしくないのだろうか。
まあ、見られたとしても顔もしらない他人だろうし、大して問題はないのだろうが、あれを書いた彼女は、もしくは彼は、一体、見てくれている人間に何を伝えたいのだろう。全く理解出来ない。
それは多分、私が他人の恋愛に疎いというのもあるかも知れないが、それを差し引いても、その詩の行間からは、何の気持ちも伺えなかった。
そこまで考え、私は一旦その思考もシャットダウンさせた。ふと視線を感じ、画面の暗くなったパソコンを閉じ、私の後ろにあるベッドに目をやる。そこでは榛名が布団も被らず、偉そうに寝転がり、じっと私を眺めていた。
「どうしたの、榛名。まだ寝てなかったの?」
「ちょっとこっち来いよ。」
手招きをされたままに立ち上がり、榛名に近付くと、思い切り腕を引かれ、私はベッドの上に倒れ込んでしまう。
彼は腕を掴んだまま、私の上に馬乗りになると、私の唇に貪るようなキスをした。息が出来ない。酸素不足で頭がぼんやりとした。
「……んで、抵抗しねーんだよ。」
「私は榛名のこと好きだから。」
「オレはオマエなんか大嫌いだ。」
八つ当たりのようなキス。いや、実際八つ当たりだった。オーバーユースで身体を故障した彼は、監督の対応のせいもあり、今、凄く情緒不安定で、イライラしている。私の声なんて、多分、叫んだって聞こえやしないだろう。それでもよかった。八つ当たりの捌け口としてでも、彼の傍にいたかった。
榛名の為ならどんな痛みでも受け入れられた。心の痛みでも、体の痛みでも、いくら精神に傷を負おうと、いくら肉体に痣を作ろうと、私は何も出来ないなりに、彼の力になりたかった。
彼のくさり方は酷すぎて、下手をすれば自らカラダを壊して仕舞いそうで。だから私はその代わりになることにした。彼の為なら破瓜の痛みさえも、耐えられた。堪えられた。
それでも、彼に気持ちは届かない。
誰かから憐れみを受けても、私はそれを拒否しよう。私はこれを苦痛だと感じていないから。
「知ってるよ。」
「……オレは、オマエなんか大嫌いだ。」
「二回も言わなくてもわかってるよ。」
「だから帰れ。もう二度と顔見せンじゃねー。」
「それはやだ。私は榛名が好きだから。」
榛名は優しさを失ってない。そのせいで、ずっと、罪悪感に苛まれている。好きでもない私にキスをしたこと、好きでもない私を抱いたこと。
私が好きだと告げる度、もしかすると彼は少しずつ傷付いているのかもしれない。私はそうやって、逆に榛名を縛り続けているのかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。
彼といると、私の体内を喜びと痛みと嬉しみと悲しみが乱反射する。届かない気持ちに、それらは体から中々抜け出す事が出来ず。内から私を傷付けていった。
そして、それは、好きだと告げる度に私の体から少しずつ抜け出ていき、今度は榛名の体内で彼を傷付け始めるのだ。
それでも傍にいたいのは、私がその痛みに依存しているからだ。
彼にもその痛みに依存してほしかった。
見せ掛けの良心に、私は気付いている。いつだって建前と本音と真実は別物で、人間はどれが自分の本心なのかがわからずに苦悩する。全部が本当なんて気付かずに。
榛名を傷付けたくなくて、傷付けたいのは、私の建前と本音だった。ならば真実はどこにあるというのだろう。
2011/04/07
榛名を好きになった当初に書いた話。友人から希望があったので再録しました。
昔の文章がポエムっぽすぎて顔から火がでるかと思いました。