マイダーリン
「あの時壊しちゃえば良かったかもしれないね。」
彼女は無表情にそう言った。太ももに肘を乗せ頬杖をついて、周りの熱い、そして暑い空気をその態度で冷却していた。
球場に響く、黄色い声。それをかけられているのは、彼女の愛する今大会注目の左腕、榛名元希くん。
彼女と彼は幼なじみらしく、彼も、彼女を幼なじみとしては大切にしていた。
恋人じゃないのは仕方がない。その光栄かもしれない椅子を勝ち取ったのは、何を隠そう私なのだ。
「何を?肩を?球場を?」
それとも私達の関係をか。
何にせよ、きゃーきゃーという女子の奇声にイライラしているのは私も同じだ。
勝たなきゃいいのに。いや、負けたら慰めるって名目で話し掛ける女が増量するし、それは駄目だ。ていうか、榛名元希くんが負けるのが、私は本当はスッゴく嫌だ。
というか、いつもは榛名元希くんが負けると女子がウザいくらいに話し掛けてるけど、あの子達って凄いよね。
私何も言えなくなるよ。なんて言うべきなのか、嫌われない選択肢がわからないのだ。
まあ、それはさて置き。
「元希自体」
四文字熟語のようなその答えに、私は苦笑するしかなかった。おーおー歪んでいらっしゃる。
「ちなみにあの時とは?」
「中学のとき」
例のアレか。榛名元希くんが部活を辞めてシニアに行くことにした理由の部分。
中学が違った私は、詳細をよく知らないのだけど、うん、彼も話たがりませんし。
ただ、相当酷かったとは聞いている。秋丸くんから。
で、隣に座る彼女もそれで壊れたとか。うわー。なんかもう、羨ましいね。冗談だけど。
「どうやって?」
「まずは、色んな意味で再起不能になるくらい、怪我させてー」
犯罪だけどね。それ。
でも、その時なら許されたのかもしれない。
榛名元希くんが、リハビリをしている間、ずっとずっと傍にいた彼女。
殴られたりなぶられたりしたらしいし、酷い言葉を沢山言われて、最後には乱暴に愛されたという彼女。
壊れるかもね。やっぱ、羨ましいかもしれない。
もう一度言うが、彼女が何をされたかも私は詳しくは知らない。想像したこともない。想像したくもない。
でも結果的にここまで壊しちゃったら、責任とるべきだよね。とも思う。とらせるつもりは全くないけど。
「ずっと、私のことだけ愛してくれるように壊しちゃえば良かった。私以外に愛されないくらい壊しちゃえば良かったのにな」
そうされてたら困るけど、出来るものならそうしたいかもね。と半分同意。
というか、前から気になってたまらないのは、彼女が私を嫌わない理由だ。嫌わないだけで、好きなわけではないだろう。しかし何故、許容出来るのだろう?
榛名元希くんの大切なものを壊したくない。なんて理由ではないに決まっている。彼女は彼から野球を取り上げたがっているし。その癖試合はバッチリ観に来てるけどね。彼女の本心はどこにあるんだ。
「アイツ、負けちゃえばいいのにね」
言ってみた。自身の本心混じりの嘘を彼女に投げかけて、本心を探る。
「元希が負ける必要はないよ。元希が勝てなきゃいいだけー。先輩方にフォローされる形でかっこ悪く勝たないかなあ。情けなくて構わないのに」
結局わかったのは、彼女の案に私が常に半分ほど同意したくなるということくらいだった。
でも実際には、投手の頑張りなくしては野球には勝てないわけだし。無理だよなあ。有り得ないと言ってもいい。
というかさ、私も彼女も榛名元希くんのどこに惚れたんだろうね。彼の本質すら否定して、めちゃくちゃにぐちゃぐちゃにする勢いで、めちゃめちゃにぐちょぐちょに壊したいと願って、おいおい、結局君らは恋に恋してるだけか。みたいな。
マウンドに立つ彼はかっこよくてイラついて、バッターボックスに立つ彼は輝いていて憎らしくて、本当は全部認めてる?そんな馬鹿な話はないです。
マウンドに立つ彼はイラつくし憎らしいし、バッターボックスに立つ彼は憎らしいしイラつきますよ。
遠いのがムカつくんじゃなく、近くにいないのがダメ。これは重要事項。野球という競技自体に問題はないんだ。私の隣でボールを放れる競技なら、野球を好きでも構わない。なんてね。
女の子が騒がなきゃ本当はそこまでじゃなくても構わないよ。騒ぐ理由が野球だから野球が嫌。じゃあ騒ぐ理由が彼の容姿だったらどうしようか。顔を剥ぐ?塩酸ぶちまける?んな、ひねくれたラノベや少年漫画じゃあるまいし。でもそしたら私は何を嫌いになるんだろう。まあ、考えても仕方がないか。
結論。私は多分彼女と同じくらい榛名元希くんに狂ってる。で、間違えて本気で愛されちゃったから調子に乗ってる。そういうこと。
早く試合終わらないかな。凄くちゅーがしたいんです。舌噛み切ってくれても構わないから。深いヤツお願いします。フレンチキスってヤツ。ディープキスという名称でも可。イギリス人って性格悪い?いや、フランスと仲悪いだけか。
あ、そうだ。私からしたら、隣にいる彼女も嫉妬の対象なんですがね。幼なじみ?何それ【自主規制】んの?的な。お好みの文字を入れてくださいどうぞどうぞご自由に。
あ、榛名が打った。かっこいい。
2011/04/02
え、何これ。と書き終わって自分で思いました。歪んでるのは私の脳みそか。果たしてこれは夢小説なのだろうか。単行本16巻のP138三コマ目が悪いんです。