サイケデリック・トランス/サイケ臨也


「俺を消すんだ?」

「当然でしょ。だってあなたはバグだもの」

サイケデリックな雰囲気を持ったその男は、私の幼馴染のまさに『色違い』だった。いや、機能や性質が違うことから考えれば、色違いだと表現するのはおかしいのかもしれない。彼は臨也とは微妙に何もかも違う。

見た目だけの相違点というのもあからさまで、彼はどこから調達してきたのか、白を基調としたコートや、毒々しいピンク色のVネックのシャツを好んで着用していた。

そして、内面は、幼馴染こと臨也が陰とするなら、このサイケデリックな彼は陽を表すような、そんな差異がある。本体が陰というのも酷い表現かもしれないが、臨也の特性はあの弱さによる強さであり、それは陰と言えるだろう性格だ。

色違いの彼は逆に強いからこそ弱い、そんな人間、否、そんなプログラムなのだと思う。

ちなみに、プログラムと言っても、彼はコンピュータにインストールするようなモノではない。

事実、彼は人間のように私の目の前に立っている。この、臨也の部屋で、まるで臨也のように、パソコンデスクの前にある椅子に腰をかけている。

「俺は、そのまま臨也みたいなモノなのにね」

「全然違うよ。臨也は私をここには上げてくれなかったもの」

「へえ、それはそれは、所謂、特別扱いってやつなのかな?」

「まさか。私に単純に興味がないだけだよ」

「臨也にそんな扱いされてるのに、優しい俺を消したいんだ?人間って変だよね。」

嫌いじゃないなあ、そういうの。

たかがプログラムが人間様に偉そうに。私はそう心の中で毒づいた。

「まあ、臨也のわりには下手したよね。なんであなたを迎え入れちゃったのかしら」

「迎え入れたくはなかったんだと思うよ?でもそうせざるを得なかった」

「へえ、それはまたなんで?」

「臨也が弱くて、俺が強いからだよ。ううん。俺の元が強かったって言えばいいのかな?というか、迎え入れてないからこの結果になった?そんなこと、君だってわかってる癖に」

その通り、私は正直聞かずともとっくに理解していた。

彼、サイケデリックが生まれてしまった原因は、とある妖怪にある。首無しライダーに並ぶ池袋の都市伝説。それは、暗い路地裏などに現れるらしく、それを見てしまうと、時間をかけて、ゆっくり、じっくり人格が変わっていってしまうのだとという。

見た目はただの綺麗な鏡らしい。

だが、それは良いものを悪く変化させ、悪いものを良いものにする。それだけの力しか持たず、それだけの力しかない為に強かった。

しかし、目の前の彼は噂とは少々違う。何が違うかというと、その性質である。

人格が変わっても、記憶は変わらない。それが、今までに被害を受けた人間から得た情報。データであった。記憶の混乱を起こさない程度に、少しずつ変わる人格。その都市伝説は、そういう風に報告されていた。

しかし、臨也の場合少し違った。

サイケデリックには彼だったときの記憶はなく、変化は急激に終わった。サイケデリックが目を覚ましたのは、臨也のベットの上で、彼は、自分が何故ここにいるのかすらわからなかったのだ。自分が何者なのかも。

臨也の行動を矢霧波江さんという秘書らしき女性に聞いてみれば、彼は前日まではなんら変わらず、元気そうにしていたという。それはもう、うざいくらいに。

いつ彼が、鏡を見てしまったのかはわからないが、うざかったということは、まだ性格が変わる前だったのだろう。いや、サイケデリックもうざいのだから、それはあてにならないかもしれないが、波江さんが言うには、変わった様子はなかった。ということなわけで、それを信じるなら、

臨也は急激に、目の前の彼へと、変化したことになる。

「っていうか、君は俺をバグだって言ったけど、偶発的に産まれた物は果たしてバグかな?バグって言うのはそもそもプログラム自体の誤りだったと思うけど」

「臨也に対応してなかったって言う、プログラムのミスよ」

「君ってもしかして理系?嫌だよね、そういう決めつけるような考え方。」

臨也から、彼が生まれた理由というのは、私が推測するに、臨也の、自分の中身を見せたがらない、あの妙な防衛本能にあるのだと思う。

鏡にだって中を見られたくないから、いや、自分にだって、自分を見られるのが怖いから、鏡には偽物の自分を反射的に映した。

そして、映った偽物が、多分このサイケデリックなのだ。つまり、彼はまだ変わる前の段階で、例の鏡は彼を折原臨也だと思っているということで、わかりやすく言えば、ファイルなどの改変をする悪質なウイルスが、その対象のファイルを認識する時点で、判断を誤ってしまったということだろう。

「まあ、いいや。俺は死にたくないわけではないけど、とりあえず命乞いはしておくことにするよ。消さないでくれないかな?」

「いや」

「消さない方がいいよ?今、俺を消したら、臨也が変わっちゃうかもしれないしさ。」

「それは、多分世の中にとってはいいことだわ。もしかしたらこれを機に、臨也が静雄くんと仲良くできるかもしれない……と、言いたいとこなんだけど。それはあり得ないのよ。サイケ君」

「なにそれ。俺のあだ名?ていうか、一応ハッタリかましたつもりはないんだけど、ありえないって何?」

「呼びやすいんだから良いでしょ。あなたがそう言うってことは、あなたを消す方法が他にあるってことなんだろうけど、私が選んだ方法は、あなた達の根源を絶つってものだから。」

「なるほど、じゃあ、なんで俺に会いにきたの?必要無いじゃない?臨也と違って俺には情報収集能力なんてないし、ね。」

「抵抗するならしなさいって言いに来たのよ」

「へえ?なんで?」

「知らないの?難易度の低いゲームはつまらないのよ?」

サイケデリックが動いた。椅子から降りて、演技のかかった動きでこちらに近づいてくる。

「じゃあ、お望み通り邪魔しようかな。俺は臨也と違って優しいから」

「そうしなさい。命乞いより効果的よ」

「じゃ、早速」

私の目の前に来たサイケデリックは、当たり前だとでもいうように、極普通に、その唇を私の唇に重ねた。

「ねえ、千紗子ちゃんさあ、俺のこと好きになっちゃいなよ」

「……凄い奇策ね」

「俺のこと、消したくなくなるくらいにさ」

ねえ、あなたはどうせ変わってしまうのに。もしも私があなたに本当に惚れてしまったとしたら、それがどんなに残酷な事だかわかってないの?

「サイケ君」

「うん?」

「絶対消してあげるから、覚悟してね」

そう言ってやれば、サイケデリックは臨也のような顔をして笑った。



2011/03/28
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