浮気と本気の境界線


これで何回目だバカ女。

うちの前で不機嫌そうに体育座りをしている彼女をみてそう思った。

大学に入って一人暮らしを始めたため、他の家族が先に帰ってくることはないが、それでも万が一、オレ以外が、例えばオレの彼女がここに訪ねて来たらどうするつもりだ。そんなもの今はいないけれど。

「あ、お帰り」

「たでーま。また浮気されたのかよ。」

「違う。他の女と寝てるとこ見ちゃっただけ」

「それを浮気っつーの」

彼女の彼氏は浮気性だ。それでも、彼女は本命として大事にされているらしく、そいつを愛しているようだった。

別れろと何度言っても聞く耳をもたず、最近はオレも、自分が口をだす事じゃないだろうと思い、一度にしつこくは言わないことにしている。

「寝てるだけだもの。セフレは浮気に入んないんだよ」

「あっそ」

「うわー適当な返事。」

「うっせ」

彼女がようやく立ち上がったので、オレは何も言わずにドアのカギを開けた。

服に付いた埃をパンパンとはたいて落とし、彼女は当然のことのようにオレの後から部屋に入ってくる。

いつも通りだった。そこまでは。

「……どうしたんだよ」

突然背中に縋りつくようにくっつかれた。しがみつかれたというのとも違う。

オレのシャツの肩甲骨の何センチか下あたりを握りしめて、彼女は軽く体重をかけるようにオレに体を寄せる。

顔を見なくてもわかった。彼女は、泣いている。

「前のときにね。もうしないって約束したんだよ」

「いつもしてんだろ」

酷い返事だ。でも本当のことだった。

いつも同じ約束をして、その約束を破られるたび、彼女は不機嫌そうにしながらも、アレは癖みたいなものだからもう仕方ないね。と許してきたのだ。

「でも、ほら、私、今日、」

「あー、」

オレは、正直忘れていた。彼氏でも無いのだから、まあ当然だが。でも、彼氏の癖にそれはないだろう。

彼女は回数を重ねたから怒っているのではない。日が悪かった。最悪だった。

「一週間前に言っておいたんだけど。忘れちゃってたみたいで」

「だから別れろよ。アイツはお前を大切になんかゼッテー……」

彼女の携帯が鳴る。

アイツだ。彼女の反応が、そう言っている。

オレから離れて携帯を開いた彼女の手を掴み、動きを止める。

「でるなバカ」

「なんでよ。でるよ」

この電話に出てしまえば、彼女はいつも通りアイツを許してしまうだろう。

彼女は本気で力をこめてオレから逃れようと叫び、暴れるが、細身の彼女がオレの力に敵うわけもなく、ほどなくして携帯が鳴り止んだ。

「ああもう!どうして邪魔するの!」

「なんで泣くほどショックだった癖に別れねーンだよ!」

「泣くほどショックうけるくらい好きだからに決まってんでしょ!」

バカだ。自分で訊いといて、答えにショックを受けている自分がいる。泣きそうだ。

誕生日だってロクに覚えておいてやれなかったけれど、オレだって、泣きそうになるほどショックをうけるくらい彼女が好きなのだ。

「……なら、いちいちオレんとこ来ンなよ。」

「わかってるよ。そんなの」

でも気が付くと榛名ンちの前にいるんだもの。

小さな声でそう言った彼女をオレはとうとう抱きしめた。

これで警戒されて、自分なんか嫌われてしまえばいいと思った。

「榛名?」

「うっせ。ちょっと黙ってろ」

「泣いてるの?」

片手に携帯を持ったまま棒立ちで彼女がそう訊ねてくる。そう言えるってことは、オマエオレの気持ちわかってるだろ。そう言いたくなるのをぐっと堪え、オレは無言を貫く。無言は肯定の証しだ。

空気を読まない携帯がまた音をたてる。流石の彼女も、今度は電話をとろうとしなかった。体制的にとることが出来なかっただけかもしれないが、それでも暴れることはなかった。

「つーか、オマエのこれは、浮気じゃねーの?」

「え?」

性格が悪いとわかっていながらも、オレは彼女が傷つけるようにそう言った。

震える声は隠さない。

「違うっつーなら、出てけ」

「榛名?」

「ほら、離してやっから。出てけよ」

彼女の体を解放し、かっこ悪くも、シャツの袖で涙を拭いながら、彼女の顔をちらりとも見ないでオレはさらに言葉を重ねる。

「オイ、出てけっつって――」

「え、だって、出てけないよ。浮気だものこれ」

「は?」

「そういえば、そうだよね。浮気だよこれ。身体すら重ねてないけど。でも私は榛名にふらふらしてるもの。」

一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。一瞬どころではないかもしれない。オレは未だに彼女の言っている意味がわからない。

涙は拭い終わった。今はただ、唖然と彼女の顔を見つめている。

「そっか、そっか。私アイツになんも言えないんだ」

「お前、ナニ一人で納得して」

「それならいいや。ねえ、榛名」

「な、んだよ」

「戻れないとこまでいっちゃおうか。そしたら私、戻らなくて済むかもしれない」

かもしれない。なんて未確定要素たっぷりの言葉だったが、オレがその誘いを断れるわけもない。

オレの苦悩をさっぱり理解していないというような顔で、彼女は殺し文句を紡ぎ続ける。

「ねえ、ぶっとんじゃおうよ。二人で。」

オレには頷く以外の選択肢なんてないのである。

「そこまで言うなら、オレに夢中にさせてやる。後悔すんなよ、このバカ女」



2011/03/13
イメージソングは勿論、え?あぁ、そう。です。嘘です。最初に聞いてたのはSPICE!でした。
ヒロイン性格わっるーとか思いながら書きました。後悔はないです。ちなみに今日は私の誕生日かもしれない。
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