オレサマ彼氏
「オマエ、オレと付き合えよ。」
「は?誰アンタ。」
「よし、決定。」
初対面でした会話がこれ。第一印象はサイアクである。季節は春。私の入学式の日のことだった。
榛名元希は二年生の先輩で、この後私は、いきなり野球部マネにされ、無理矢理ゴールデンウィークに試合を見に来させられたりした。
そんな経験を経ての第二印象はバカ。まず言葉を知らない。ボキャブラリーが少なくて、それを誤魔化すようにすぐキレる。
私の名前を三回も忘れたし、人目を気にせず抱き締めてくる。だからバカ。
で、最近はといえば。普通にデートなんかしたりして。(とはいえ、単にあのバカの家に遊びに行ったりしただけなんだけど。)あいつの事をちょっとは知ることが出来た上での印象は、"実はかっこいいんだよね、こいつ。"
部活の人達とじゃれあってる時の無邪気な笑顔とかは可愛いし。一緒にいた時間の分だけ、情もわいてしまったというか、つまり、好きになってしまったのだ。そのせいでなのか、最近は不安でたまらない。
だって気付いてしまったんだ。私は一度だって榛名元希に好きだなんて言われた事が無いということに。
付き合えよ。とは言われたが、なんでそんなこと言ったのかなんて知らない。訊いたことすらない。というか怖くて訊けない。榛名元希はなんで私と付き合ってるんだろう?しかもあんな強引に。
賭けだとか、罰ゲームだとか、あの人の事だから、その場のノリと勢いなんてのもあるかもしれない。
「なにボーッとしてンだ、オマエ。」
「あ、榛名元希。」
「いつも言ってっけどよ、いい加減どうにかならねーの?そのフルネーム呼び。」
そう言いながら、榛名元希は部活中の洗ってない汚い手で私の頭をガシガシと撫でた。
撫で方は乱暴だが、相反してかなり優しい、あまり力の込もってない掌と指先。背の高い榛名元希に頭を撫でられると、私は頭が上げられなくなり、彼の表情を読み取る事が出来なくなる。
「よく知らない人はフルネームで呼ぶって決めてんの。」
「付き合って、もうかなり経つんだからいいじゃねーか。誰も下の名前、呼び捨てにしろっつってるわけじゃねーンだからよ。」
「だからさ、私にはそれがよくわからないの。」
ここぞとばかりに私は気になっていたことを訊くことにした。恐くても、ずっと訊かないよりはいいだろう。
「なんで、よくも知らない筈の私と付き合ってんの?」
「よく知らねーのはそっちだけだろ。オレは前から知ってたっつーの。」
「だとしても!なんで、」
「オマエさー。そんなにオレに好きって言って欲しいわけ?」
「は?誰もそんな事…」
図星をつかれてムカついたので、そう言って顔をあげようとすると、頭に置かれっぱなしの手で、力一杯頭を抑えつけられた。これでは顔が上げられない。
「言って欲しいンだろ?」
「べっつにっ!」
「オレはオマエか好きだ。ほら、喜べバカ。」
頭上から降ってきた言葉に、一瞬驚き、言葉の意味を理解して、その瞬間顔が熱くなった。ヤバい。耳まで赤くなってるかもしれない。
「ンじゃあ、オレは練習戻っから。」
「うえ?榛名っ?」
どかされた手に気付き、頭を上げると、グラウンドに向かう彼の背中が見えた。チラリと髪のすき間から見えた彼の耳は真っ赤だ。それが嬉しくて、撫でられた頭に手をやり、案の定砂だらけでぐしゃぐしゃの髪の毛を直す。どうしよう。にやけがとまらないのだが。
2010/08/13