誰だかの死亡説/臨也


落ちていく身体。いや、堕ちていく身体かな。その方が正しい。

自殺なんてしたくなかったのに。自殺する奴って最悪の殺人鬼だよねとか言ってたのに。なにこれ。

でも私が死なないと静雄くんがね。死んじゃうんだよね。

別に、馬鹿で最低な臨也くんにそう脅されたりしたわけじゃないんだけど、私は自分でそれに気付いてしまったから。

臨也くんの事だから、私がそれに気付くことをわかっていたのだろうけど。

でも"今"、堕ちきった今思えば、私は読み間違えていた。臨也くんは、今回ばかりは静雄くんを殺すつもりは、あったのだろうけどなかったんだと思う。

彼は、変えたかっただけだ。



「まさか、本当に死ぬとは思わなかったなあ。」

ビルから飛び降りた私は、黒い影のような得体の知れない何か……否、私の幼い頃からの友人の友人、セルティ・ストゥルルソンに助けられた。

セルティは、デュラハンだ。デュラハンというのがなんなのかというのは、私もよく知らないし、説明も面倒なので割愛させて頂くが、まあ、悪くいえば妖怪みたいなものである。

「ああ、今の死ぬっていうのは君自身の話じゃなくて、君の存在意義、アイデンティティの部分の死をさすわけなんだけど、どう?今までの君は今日、間違いなく死んだよねえ?」

そして、たった今、私の目の前にいるこの鬱陶しいイケメンは、先ほども名前を出した、臨也くんである。ちなみに名字はインパクトがないから忘れた。

臨也くんは、私のうちのコーヒーメーカーで勝手にコーヒーをいれて、うちのソファーに勝手に腰をかける。ギシリと音をたてて臨也くんの身体が沈み、私は、どうせなら海に沈めばいいのにと思った。

「ていうか、今日中に死なないとシズちゃんが死ぬかもしれないよ?早く死なないの?」

「臨也くんが助けたんでしょ。」

「俺はシズちゃんに死んでほしいからね。ああ、なんだっけ?人に死ねって言うのは悪いことなんだっけ?思うことすら悪だったっけ?白々しいよねえ。君だってさあ、俺に死んでほしいって思ったことくらいあるはずだよねえ?」

「ああ、たった今、初めてね。どうやら世の中には必要悪ってのがあったみたい。臨也くんは要らない悪だけど」

それを聞いた臨也くんが無邪気に笑った。

彼が言ったとおり、私のかつてのアイデンティティが死んだのならば、私が臨也くんを殺したくなっても仕方がないことだと思う。

必要悪だ。臨也くんはここで殺しておくべきなのだ。間違いなく。

「もう一度言うけど、今日中に君が死ななくちゃ、シズちゃんが死ぬよ」

「それはわかってる」

「ああ、今俺を殺したりしたら、誰かが君を拘束して、今日中には死ねなくなる、ような気がするだけだけど。それでもその殺気をすぐさま形にして、今ここで俺を殺すのかな?」

「それなら爆発とか、臨也くん巻き込む形で死ねばいいだけなんだけど、でも馬鹿だなあ臨也くん。清く正しくない私なら、静雄くんを助けたいと思うわけないじゃない。」

必要悪ってあるんだよ。と私は続ける。

臨也くんは楽しそうに私を見ていた。

「私から見れば、静雄くんは自制心のないただの暴力だよ。あれは要らない悪。害にしかならない。」

「君からアイデンティティを取り除くとそうなるわけだ。いや、殺人衝動を抑える自己暗示を取り除くと、かな。」

「安心して、臨也くん。臨也くんの後からすぐ静雄くんもそっちいかせるし、あの黄巾賊だかなんだかって子も、ダラーズとかいう連中もみんなみんなそっちに送ってあげるから一人じゃないよ」

「君って昔から極端だよねえ。俺はそういう君と喋るのは楽しいし、嫌いじゃないけど」

必要悪というのはあるのだ。必要悪は必要のない悪をはらうためにある。

「でもまあ、それなら今日はこの辺で退散しておくよ。シズちゃんが今回の件で死んでくれるなんて俺は期待してないけど、まあ、君がやるなら期待は出来るかもしれないからねえ。」

よろしく頼むよ。と言って、臨也くんが私のうちから出て行き、ソファーの前のテーブルには、一口も口をつけられることのなかったコーヒーが残った。

そして私は、そのコーヒーを見つめながら、これからの事を考える。

必要悪という名の絶対悪は、全ての終わりに消し去るべきだろうか。



2011/01/31
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