前日譚はこうして終わる


「じゃあ、元気でね」

実家の最寄り駅の改札前。私は最後の荷物の入ったキャリーバッグを引くのを一旦やめ、そう言って見送りにきた二人を振り返った。

兎にも角にも失恋した私は、東京にいる親戚の家へ一人引っ越すことにした。

東京で仕事も見つかったし、失恋したということを除けば、いや、失恋したということを含めて、多分運が良かったのだろう。

負け惜しみというか、強引に前向きに考えようとしているだけなのかもしれないが、私はなんとなくそう思っていた。

「元気でね。とかなんとか言っても、お姉ちゃんは絶対頻繁に帰ってくると思う。」

「うっせバーカ。」

「つーか先輩は週末仕事がなけりゃ毎週でも帰って来ますよね」

「榛名くんもうるさいよ?」

他人行儀に榛名が言う。敬語を使い始めたのは、多分彼女のお姉さんというのを意識しての事なのだろう。最初は似合わなくて爆笑したが、少し慣れた。もう笑ったりはしない。

きっとこれから、胸の痛みを忘れると共に、ゆっくりそれが普通になっていくのだろう。そしてそれが馴染んだ頃に、榛名を諦められていればいい。

「とにかく、二人とも身体壊さないようにね。近いし、たまには遊びにきなさいよ」

「先輩こそ、煙草の吸い過ぎて死なないでくださいね」

「元希くんの言う通りだよ。お姉ちゃんってば、目を離すと煙草吸ってんだから。」

「待ちなさいよ。私榛名くんの前では吸ってなかったでしょ。」

「だーかーらー、そのオレと離れンですから、気を付けるべきッスよ」

そう言った榛名に、あーはいはい気を付けますー。と乱暴に返事をして、改札を抜ける。

離れるのがいけないことみたいに言わないで欲しかった。傍にいるのを当たり前になんてして欲しくなかった。

それに、本当は私は、榛名がいるから煙草を吸わないんじゃなく、榛名がいないから煙草を吸っていたのだ。だから、間違いなく煙草を吸う量は増える気がする。

改札を抜けてから再度振り向けば、妹がこちらに手を振ってきた。榛名はなにもせずに、ただこちらを見つめていた。

それにしても、"榛名くん"か。

くん付けし始めてすぐは、榛名も慣れないようで、名前を呼ぶ度に一々変な顔をしていた。

自分だって敬語なんて使って距離置こうとする癖に。と思っていたが、そもそも榛名はなぜいきなり私と距離を置こうとしたのだろう。

二人に背中を向けて歩き出した私は、そんな小さなことを気にしてもなんにもならないだろう。と、自分に言い聞かせて、ホームにあるベンチに腰掛け、携帯を取り出す。

すると、タイミング良く携帯が震えた。画面に表示された榛名元希という文字にため息をつき、私は電話に出る。今別れたばかりだというのに、なんの用だというのだろう。

「もしもし?」

携帯のスピーカーから、もしもし。という榛名の声が聞こえた。

「どうしたの?なんかあった?」

『いや、あの言い忘れてたことがあったんスよね』

「なに?」

『帰ってくる日はちゃんとメールでもして下さいよ。って』

いきなり気持ち悪いなあ。と思った。そうは言わなかったが、代わりに、そんなの、別に今言わなくてもいいじゃん。と言ってしまい、私も大概可愛げないよな。と心の中で自分に毒づく。

『ん、まあそうなんスけど。オレ忘れそうなんで』

「ああ、そう」

ちょうど、姿が見えなくなって寂しくなった時に電話なんて、本当、榛名ってやつはナチュラルに厄介な奴だ。

それじゃあまたね。と電話を切れば、電話をする前以上に寂しさがこみ上げてきて爆発しそうになった。

なんというか、私は、榛名と離れて生きていけるのだろうか。


2011/01/28
短編の「皆、心が飢えている」の前日譚でした。つまり妹と榛名は事後結局別れます。後日譚も書けるといいな。
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