君に夢中で、メルトダウン/榛名
「好きって言ったら困るでしょ」
そう言って笑った彼女に、オレは苦笑した。
何を言ってるんだ。と思う。
「好きっつわれて困ンのはアンタでしょう」
彼女は恋愛が下手だ。否、恋愛が下手なのではなく、恋仲である男女のコミュニケーションというのが苦手だった。
軽いキスまでならまだ大丈夫ならしいが、フレンチキス。つまりわかりやすく、いやらしく言えばディープキスから先は気持ち悪くて無理なのだと言う。
話が変わるが、フレンチキス=ディープキスだというのを知っている人は少ないだろう。オレもこの間彼女に聞いて初めて知ったので、人に言えたことではないが。
とにもかくにも、彼女はディープキスから先の触れ合いというのを嫌悪していた。
つまるところ、性行為というヤツを殊更嫌悪し、憎悪していると言ってもいいくらいで。
だからこそ、彼女は恋をしないようにしていた。そのワガママに誰かを付き合わせることを良しとしていないのである。
これはあくまでも彼女に直接聞いた話で、オレの想像や推測ではない。
彼女がオレにそんなことを話したのは、つまり、わかりやすく、わかりにくい牽制なのだと思う。
恋に発展する前に牽制され、気持ちは未だ一塁止まりだ。彼女の牽制は下手くそ過ぎて、オレはアウトになることすら出来ずに、二塁へと進むことも出来ない。
「んー、まあ、そうだよ、困る。だから絶対好きになんないでね」
「言われなくてもわかってますよ」
「そんならいいんだけど」
寂れた公園内の古びたベンチにギシリと腰を掛けて、彼女は長く息を吐き出した。
他人の感情の熱量を勝手に制限して、その酷いワガママに気付かないのか、いや、気付いた上でなのか、彼女は謝りもしない。
謝られたところで、どうしたってオレはその願いを、一方的な約束をいつかは破るだろうし、謝られない方がその時の気持ちは楽だ。
当然、そこまで見越して謝らないわけではないだろう。自分で自分の首を絞めているのに気付けない彼女は滑稽で、その滑稽さがまた愛おしい。
手袋などをしていない、指先が赤くなった両手を寒そうにすり合わせるそれだけの仕草すら愛しい。
「ほら、そんな目でみないの」
そんなことを言われたって無理だ。
アンタの決めた制限なんて、本当はとっくにオーバーしているのだから。
2011/01/17
『背番号10』さまへ