しかしあのレンの血走った眼は普通じゃない。炯々と燃える赤い眼は見るものに強い狂気を感じさせる。怖い。ものすごく怖い。
幽霊とか全然平気なのだがレンのあの眼はだめだ。
あれは人を喰らう飢えた化け物。まるで自分が小動物にでもなってしまったかのような気分にさせられる。
「……俺が生きてて不思議か? とりあえずあんたを殺したら、次はあの女をぐちゃぐちゃに引き裂いて殺してやるよ。
あの世で二人仲良く隠居してろ!!」
「レンちゃ、いい加減にし!! そろそろ俺も怒るよ!!」
そんなフラールの言うことなんて全く聞かないで、アースを煽るような言葉を背中にぶつけ、レンは大きな笑い声をあげた。
頭が痛い。何を言っているのかいまいち意味がよく伝わってこないが、アースに安い挑発に乗るなよと釘を刺しておこうと思った。
しかし、もう1秒でもそう思うのが早ければよかった。
「……やれるもんならやってみろ、口先だけのクソガキが!!」
アースは長剣を抜きレンに斬りかかる。手加減なんて全然してない。本気だ。
気迫でわかる。アースは本気でレンを殺しにかかっている。
さすがのフラールもアースの攻撃を受け止めるのは難しい。
レンの前に立つもあっさりと吹き飛ばされてしまい、しりもちをついた。
槍が乾いた音を立てて地面に転がる。
「おい、大丈夫か?」
ウェンが駆け寄るとフラールは平気、平気と苦しい笑顔を作りながら答えた。
こうなった以上ウェンたちが止めに入るのは難しい。だからと言って見ているだけというわけにはいかない。放置すればレンは殺される。
自分で喧嘩を売ったんだから殺されて当たり前だ、という感情は湧かなかった。
ただ、なんとかしなきゃそう何度も何度も頭の中で繰り返す。
同じ言葉を繰り返しても解決策は一向に出てこない。どうすればいいんだ、どうすれば……。
「長いことレンちゃと一緒にいるけど、あんなレンちゃ初めて見た。あのアースっての何者よ?」
ウェンは黙り込んだ。アースとそれほど長く一緒にいないが、今のアースもウェンの知るアースとは違う。
もっと変態で変質で、だらしない。あんな巨大な肉食獣のような目はしていない。
今の2人はそう、理性のかけらもない獣だ。飢えた肉食獣がお互いを狩ろうとしている異常な状態。
ウェンみたいな小動物なんて間に挟まれただけで即ミンチだ。
ただのミンチにされるのはいやだから、ハンバーグ用のミンチになると思おう。同じミンチでもおいしい料理になるミンチのほうがいい。
ハンバーグのことを考えたらお腹がすいた。朝食の量が少なすぎだ。ハンバーグが食べたい。
なんかミンチという単語のせいで考えがそれだした。
考えても埒があかない。考えるのをやめ、ウェンは双剣を抜いた。
猪突猛進バカなウェンの選択肢なんて初めから一つしかない。
「…フラール、俺ちょっとミンチになってくる」
フラールにもしかしたら遺言になるかもしれない意味不明な言葉を遺すと、肉食獣たちのもとへと走り出す。
今更ビビってなんかいられない。恐怖心を打ち消すために腹の底から意味のない雄たけびをあげながら、ウェンはアースとレンの間に割って入った。
間に割って入るまではなんとか五体満足でいられた。
しかしこれからだ。恍惚とした赤い目が一斉にウェンに向けられる。
新しい獲物を発見したからか2人の肉食獣は嬉々とした表情を口元に浮かべた。
食えるもんなら食ってみろ、心の中で威嚇をしてウェンはレンに飛び掛かった。
怪我をさせるわけにはいかないから溝うちでも殴って気を失わせおくことにしたが、早い。すばしっこい。
攻撃はあたらないし、相手のペースに引きずられっぱなしでなかなか流れを掴むことができない。防戦一方で埒があかない。
下手したらアースに不意打ちを喰らわされるかもしれない。
「ウェン、ナイス!!」
フラールの声が聞こえたと同時に、レンはぐったりと倒れこんだ。
幸いなことにレンはウェンに気を取られていて後ろはがら空きだったようだ。
あと一人。ウェンとフラールは血に狂ったもう一人の肉食獣に視線を切り替えた。
≪ | ≫