寝付けないなと思っていたが疲れもあってか、起床時間まで快適な睡眠をとることができた。
上半身を起こし、両腕を上にあげ大きく伸びをする。口を開けるとあくびと共に間抜けな声が漏れた。
くっくっくと低い声で抑えたような笑い声が聞こえた。フラールかと思ったが違った。
フラールは部屋におらず、部屋にいるのは椅子に腰かけているレンだけだ。
「……こんなとこでよく爆睡できるなぁ。あんた、どういう神経してんだ」
レンは嫌味を言いながら服の袖をめくり机の上に手のひらを上にしてだるそうに腕を置いた。
昨日酔っぱらって泣きまくってたやつにバカにされるのは少々腹が立つ。
せっかくのすがすがしい朝が台無しだ。
悔しいので一言言い返してやろうと口を開いた瞬間、レンが青白い腕に細い注射器を突き刺した。
注射なんてほんとうに小さいころ高熱出して死にそうになった時にされて以来見たことないほど見慣れないものなので少し驚いた。
よく見てみるとレンの腕には注射の痕らしきものが点々と残っていた。
「そうそうフラールが飯取りに行ってくれてっから、もうじき飯だ……って、あぁこれ……」
レンはウェンが腕を見ていることに気が付いたのか注射器を引き抜いて一度言葉を切る。そして赤い痕を隠すように袖をおろした。
「発作を抑える薬。前に戦闘中に発作が出て死にかけて、それ以来こうやって毎朝注射三昧」
注射器をゴミ箱に投げ入れて、レンは何事もなかったように机の上の酒瓶に手を伸ばした。
発作ってそういえば昨日魁も言っていた、発作が出たのかと。
レンはとんでもなく思い病気を患っているのか。でもそうならこんなとこにいたりしない。普通なら病院に送られている。
重篤な病人を戦場に連れて行くことは人道に反するので禁止されている。
「お〜レンちゃ、ウェンちゃ、おっはようさん!! 飯持っちきたよ〜」
軋んだ扉の音の後に、朝から機嫌のよさそうなフラールの声が部屋の中に響いた。
「朝からやかましい」
「なんねぇ、目覚ましになったやろ? ほら食え食え〜。準備しながら食え〜」
フラールはにこにこと能天気に笑いながら机の上に普通のサイズより大きめなサンドイッチが入っている大きな皿を置く。
レンはサンドイッチを一つつまみ、口に入れると椅子に掛けてあるジャケットを羽織り、手早く荷物をまとめ、鞄を肩にかけた。
そして、今度は3つサンドイッチをつまむとハンカチの中に包み肩にかけてある鞄の中にしまった。
あまりの早業にぼーっとしているとフラールもレンと同じようにサンドイッチをほおばりながら準備を始めた。
「食事がサンドイッチのときは敵が近くまで迫っているか襲撃の危険があるとき。
のんきに朝飯食ってる場合じゃないってこと。ルールがわかったら新人さんもさっさと準備しろ」
レンに言われて慌てて準備をしだす。
サンドイッチを2個一気に口の中にねじ込み、ジャケットを羽織る。途中パンのカスが気管に入ってむせ返りそうになったが、荷物はまとめられた。
ホルダーに愛刀を2本下げ、準備完了。これでいつでも出陣できる。
「お〜い、ウェン忘れ物しとるよ」
フラールに言われてベッドを見てみると昨日アーデからお礼ということでもらった小さな皮袋が置いたままになっていた。
しっかりと回収してジャケットのポケットにねじ込もうとする。
そういえばまだ中身を確認してなかったなと思い、皮袋の中身を確認してみる。
中身は赤い石だった。絶対宝石だろう。小粒だが素人のウェンでもすごいと思えるほど美しい輝きを放っている。
「綺麗な石やねぇ。誰からもらたと?」
「知り合いから。お礼ってことで」
ウェンがにやにやしながら答えるとフラールは知り合いが異性であると察したのか悔しそうに笑ってウェンの頭をポンポンと叩いてきた。
「おい、準備できたんならさっさと行くぞ」
ウェンは宝石を皮袋の中に戻し、ポケットにねじ込むとフラールと共にレンの後を追った。
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