ウェンもベッドから出て、レンのタオルケットをめくった。
赤い顔と涙ぐんだ赤い目がウェンを見てくる。
今更だがこの人めちゃくちゃ酒臭い。フラールはそんなに気にならないのになんでレンだけこんなに酒臭いんだろ。
「レンちゃすっげー酒飲むくせに、酒飲むと涙もろくなるけ大変なんよ。
机の上の酒もほとんどレンちゃが空けたんよ」
弟の話をしたのがだめだったみたいだなぁ〜みたいなことをフラールが笑いながら言い、慣れた手つきでレンの背中をさすっていた。
一方レンは激しくむせ返りながら泣いていた。
もうすすり泣きなんてレベルじゃない。号泣だ。周りのことなど顧みずひたすら泣く。声は出していないが、ガラガラ声のしゃくり声が痛々しい。
ウェンは改めて机の上に無造作に散らかされている大量の酒瓶に目をやった。よくよく見てみると、どれもそのまま飲むのは結構キツそうな酒だった。
これをほとんど空にしたとか一体レンの肝臓はどうなってるのか。サイズがでかいのか、アルコールを分解するスピードが異常に早いのか。それとも肝臓が2個もあるのか。
そもそも、成人してないのに大量の酒を飲みまくって大丈夫なのだろうか。沈黙の臓器なんて言われているところを若いうちから酷使しまくっていたら将来絶対体を壊す。
「ウェンおめー今ガキのくせに酒ぼんくらり飲んで大丈夫か、とか思ったやろ?」
そんなウェンの考えを見抜いたのかフラールは意地の悪い笑みを浮かべてウェンを見てくる。
正直レンをどっからどうみてもウェンと同年齢もしくは1つか2つしか歳が変わらないように見える。ぎりぎり成人していそうなフラールよりは確実に年下だろう。
「実はレンちゃ、こう見えて俺より年上なんよ〜」
あっはっはと笑いながらフラールは得意気に言う。
もうこの際そうは見えないというところはさておいて、成人しているからお酒はOKだということになるのか。
しかしOKだとしてもダメなものはダメだ。
気晴らしぐらいならまだ分かるが、アレはどう見ても気晴らしってレベルで済む量じゃない。
なんで魁は何も注意しなかったのか疑問に思っていると、木の扉が高い音を立てて開いた。
びくりと肩を動かして恐る恐る扉を見てみると、明らかに機嫌が悪そうな魁の姿があった。
どうすんだよ、と責めるような目線を送ると、フラールは苦笑いを浮かべて不満ありげなウェンをなだめた。
「……フラール、レン、新人が入ってきて盛り上がるのは結構ですが、もう少し静かにしてもらえませんか? 皆疲れてるんです」
「すみません、監督。これから気い付けます」
レンのベッドから離れて、フラールは敬礼をしながら表面上だけの薄っぺらい反省の言葉を口にした。
ウェンもとりあえずフラールに調子を合わせてやりすごそうとする。
魁は右手で額を押え、嘆かわしそうにウェンとフラールを見た後、レンのベッドに目をやった。
その瞬間へらへらしていたフラールの表情が固くなり、魁の視線を遮るかのように魁の目の前に立つ。まるでレンを庇っているようだ。
「……で、彼はまた“発作”ですか?」
眼鏡の奥の魁の瞳に冷たい光が宿る。口元にはうっすらと笑みが浮かべられているのが小気味悪い。
「ちげーよ。ちぃーと酒の飲みすぎたけん、薬はいらんよ」
フラールの口調が少しだけ荒っぽくなった。
薬はいらない。だから早く出ていけ、言葉の続きをフラールは言いはしなかったがそう表情で魁に訴えている。
魁は無表情でフラールを見続ける。
酒臭い部屋の中の空気が異様に張り詰める。なんだか首筋がちりちりして落ち着かない。
そんな中、レンの不釣り合いな鼻を啜る音が響く。
「……そうですか。もし発作が出たら呼んでください」
魁は嫌味なほどにこやかにそう言うと、おとなしく部屋から出て行った。
張り詰めた空気が一気にほどける。ウェンは詰まった息を吐いた。
「よっしゃ、監督に許してもらったし今日はもう寝るか〜」
フラールは何事もなかったかのようにそう言うと、大きな欠伸をしてベッドへと戻って行った。
ウェンも明日に備えるためにベッドに入り目を瞑る。
しかし、魁とフラールのやり取りが妙に頭の中に引っかかってなかなか寝付けなかった。
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