バーカ、バーカ。お前らそれしか言えないのかというほどバーカという言葉が部屋中を飛び交う。
酔っ払いめんどくさい。マジでめんどくさい。これがこの3分で2人を観察して学んだことだ。
この部屋でこれからうまくやっていける自信がない。
魁に頼んで部屋を変えてもらおうかなと真剣に思った。
「あの床で寝ていたほうがフラール。北の旧ブラングル王国領の雪山に住む一族の子なんです。
あちらと帝国では文化も言葉も大きく異なります。
言葉もまだつたないところがあったりしますが、あまり気にしないでやってください」
魁はまるで息子を見守る父親のように飲んだくれ2人組みの自己紹介をしてくれた。
2人のこともよくわかったが、めんどくさい連中がうようよいる中、魁がかなり貴重な常識人だということもよく理解できた。
「今日はもう寝てください。夜明けとともに動きだす予定ですので」
船旅の疲れもあってかとても疲れていたので魁の言葉通り今日はもう休もう。そう思い、ベッドに重い体を投げた。
転がるとあっという間に睡魔が襲いかかってきて重い瞼が閉じかける。
寝ようと思えば眠れたが、酔っ払いがだす騒音が少しだけでもいいからどうにかならないかと思っていると、魁が親切にレンとフラールを引き離してくれた。
2人がおとなしくベッドに入ると同時に魁は、おやすみなさいと挨拶をして部屋から出て行った。
やっと静かになった。ようやく安眠が確保された。そう思い、再び瞼を閉じる。
「おい新入り、おめー名前は?」
2段ベッドの上から大きな声が落とされる。
無視して寝ようかと思ったが、つい条件反射的な感じで名前を名乗ってしまった。
一度会話が通ると次はめんどくさいことこの上ない質問攻めが待ち構えているというのに。
「どこ出身よぉ〜」
「帝都、ウォルウール。すぐそこだよ」
ウェンがそう返すとフラールはテンションの高い声でレンに聞いたか〜と話しかけていた。
レンはうざったそうに返事を返す。
一人取り残された感じがしたが、すぐになんでフラールがレンに話を振ったのかちゃんと理由を話してくれた。
「実はレンちゃも帝都出身なんよ〜。帝都のスラム街に弟がおってよ〜ウェンちゃは知っとる? レイドつーう名前の子」
「スラム街あんま詳しくないんだよ」
ウェンがそう言うとフラールはそーか、と肩を大きく落とした。
ウェンの実家はスラム街の近くにあるが、あまりスラム街には近付かなかったので、スラム街のことはあまり詳しくない。
もしかしたら孤児院の子どもたちなら知っているかも知れないが。
静かになったので質問攻めから解放されたのだと思い改めて目を閉じる。
静まり返った部屋では鼻をすする小さな音でも大きな音のように感じる。普段はあまり意識しないのだが、慣れない場所だからウェンの図太い神経も過敏になっているのだろう。
気にしないようにとは思いつつよく聞いてみると鼻をすする音ではなくすすり泣く声だった。
誰が泣いているのかわからない。けれど直感的にフラールのような気がした。
理由は特にない。本当にただ何となく。
それに無愛想なレンよりフラールのほうが話しかけやすかったことも理由にある。
「……フラール……もしかして泣いてたりするか?」
恐る恐る訊いてみる。するとフラールはすすり泣く声に気が付いてなかったのか、むくりと上半身を起こし、ベッドから飛び降りてランタンの灯りを灯した。
部屋がオレンジのぼんやりとした灯りでうっすらと照らし出される。
フラールが泣き声の正体でないとなると必然的に誰かわかった。
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