「おじゃましまーす」
一応挨拶をしてから部屋に入り込むと、部屋の中に充満している酒の匂いがむわっと鼻の穴に入り込んできた。
部屋には二段ベッドが二つと木でできた棚が一つ。ベッドとベッドの間に机が置かれ、机と倒れたりしている椅子の周囲には匂いの原因となっている大量の酒瓶が散乱していた。
「またあの子たちはこんなの飲んで……」
魁は空き瓶に目をやり困ったようにつぶやいた。あの子たち、という口ぶりからこの部屋の住人はまだ成人していない可能性がある。
めちゃくちゃ怖い人じゃなないだろな、とこれからの生活が一気に不安になる。
部屋をきょろきょろ見回していると、魁が空いている二段ベッドを指さして上か下、好きなほうを使うように言った。
ウェンはとりあえず二段ベッドの下に荷物を置き一息ついた。
その瞬間ドスンという鈍い音がしたと同時に地面が揺れた。
揺れが短すぎたので地震ではない。ではいったい何があったのか、恐る恐る床を見るとエビのように丸まった格好の青年が床に転がっていた。
赤い顔で、おそらく食べ物の夢を見ているのだろう、口をもぐもぐと動かしながら幸せそうな顔をしていびきをかきながら爆睡している。
――この人、ベッドから落ちてきたよな?
普通に考えたらベッドから落ちたら目を覚ます。ものすごく疲れていたとしても1mほどの高さから落ちて背中を強く打てば眠気なんて吹っ飛んでいくだろう。
なのになんでこんなに爆睡できるのだろうか。これ以上突っ込んでもこちらが疲れるだけなのでもう突っ込むのはやめよう。
青年はおかわり〜と間の抜けた声を漏らす。
ここらの人たちと比べて肌の色が少し濃い、外国の人だろうか。
しかしいびきがうるさい。鼻でもつまんでやろうかなと思ったが、初対面でまだ挨拶もしていない人にいたずらをする度胸を持ち合わせていない。
「レン、レン、起きてください。レン!!」
魁が少し大きな声を出してこの部屋にいるもう一人の住人を起こす。
すると明らかに気分を害したような舌打ちと共に床のエビ青年が落ちてきた二段ベッドの下で寝ていた青年がタオルケットをめくり、むくりと上半身を起こした。
鮮烈な赤い髪に同じ赤い瞳。赤髪の人をこれまでにも何人か見てきたけれど、どれも茶色っぽい赤髪だったので本当の真紅色の髪の人間を見たのは初めてだった。
ウェンと歳があまり変わらなさそうな赤髪の青年は不機嫌そうな顔でウェンを見てくる。
叩き起こされたのだから不機嫌になっても別におかしくはない。
なのになぜだろう青年が不機嫌な理由は叩き起こされたのとはまた別のことが原因のような気がした。
もしかして、魁が原因なのだろうか。
青年はウェンのことを見てくるが、近くにいる魁を一秒たりとも見ようとしない。
「ウェンくん紹介しますね。彼はレン。
今日からあなたの指導役になる先輩です。ちょっと口とか態度が悪いかもしれませんが根は悪い奴じゃないので仲良くしてあげてください」
ウェンは眉間の皺がどんどんと増えていくレンにとりあえず頭を下げた。
なんでだろう、眉間に皺をよせて睨んでくるのに全然怖くない。レンの中性的な顔立ちのせいでいまいち迫力に欠けるせいだろか。
そういえばあの変態アースも中性的な顔してたなぁとどうでもいいことを思い出す。
あの変態まだ踏まれてるのかなと〜とアースのことを思い出させるレンの赤い目を無意識に意味もなくぼーっと眺めていると、レンはベッドから降り、エビの横腹をそこまで強く蹴らなくってもよくない? と言いたくなる強さで蹴とばした。
「おい起きろ!!」
「いてっ、おいレンちゃそげん強う蹴らんでも……。俺蹴り一発でちゃんと起きとるよ〜」
エビは訛りの残る独特な言葉の使いまわしでレンの足の静止を必死に訴える。
「うっせぇ!! バーカ、バーカ!!」
そういえばこの人たち酒を飲んでるとか魁が言ってたような。
芋虫の顔は赤いが、レンは赤くない。もしかして顔に出ないタイプだったりするのだろうか。
嫌な予感がするのと同時に子どものような罵言の応酬がはじまり、それはやがて取っ組み合いに発展した。
すがるようにウェンは魁を見るが魁は先ほどのアースたちを見るようににこにこと楽しそうに事の成り行きを見守っていた。
今度は酔っ払いどうしの殴り合いが始まってしまった。
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