そう言えば去年もその前もまともに大掃除してなかったや、と思った。部屋の隅には荷物やら何やらが山積みになっていて、フロンティア状態だ。ホーさまはそこへ先陣きって乗り込んで行った。

「年の終わりに掃除をするとはなかなか考えたものだな。」
「一年の埃を落として、新しい気分で新年を迎えるんだよ。」
「いい考え方だ。」
「実践してなかった私は何も言えないけど。」

台所からごみ袋を出してきて今まで背を向け続けていた現実を見つめる。

「この箱はどうする。」
「その段ボールはね…どうしようかな、どうせ要らない資料なんだけど…。」
「要らないなら捨てろ。」
「迷う余地なし!?」
「…これは運気を下げる。」
「、なんでまた。」
「分かる。」
「…分かったよ。」

ほぼ一年、視界に入り続けてきた運気下降アイテムの廃棄を決心する。ああもはっきり運気を下げるなんて言われたら、そうかもしれないと思わせられる。もしかして、ホーさまって怪しい新興宗教の教祖とか出来るんじゃね?人の弱味に漬け込んでなんかやりそう!

「おれは海賊だぞ。」
「読心術!?」
「さァな…。」
「なにそのイケメン反応。」
「イケ…?」
「あ、なんもないです。ちゃんと片付けろよホーさま。」
「お前もやれ。」
「へーい。」

開きかけの段ボールの蓋をガムテープでしっかり閉じる。

「これは…粗大ごみね。」
「窓、開ける。」
「うん。」

開け放たれた窓から冷気がどっと流れ込んでくる。室内が陽気に照らされて埃の存在をまざまざと見せつけてくる。ヒーターも止めたし、炬燵の布団も上げてしまったから暖まる術は一刻もはやく片付けてもう一度暖をとることだ。

「ホーさま、晩御飯なに食べたい?」
「フィッシュアンドチップスがいい。」
「よしきた。全力でレシピ見て作る!」
「揚げるだけだぞ…。」
「美味しいほうがいいでしょー。」

棚やテレビから埃を払いながら、やけに積極的なホーさまにご褒美の提案をする。
そう言えばさっきもホーさまのかんばせを能面と例えたが、しかしながらこの一週間で表情の変化を読み取ることが出来るようになったのは収穫だ。いま、笑ってる。片方の口角がほんの少しだけ上がって目尻がほんの少しだけ下がる。

「ホーさま、あとで買い物行こう。フィッシュアンドチップスの原料が必要だ!」
「そうだな。片付け終わったら行くか。」
「寒いから速いとこやっちまおう。そのあと水回り、んでから玄関。」
「ああ。」

午後二時を少し過ぎたくらいの開戦。さて、何時に終わることやら。…あれ、でもまだ大晦日まで時間あるしぼちぼちな感じでよくね?明日と明後日くらいに分けてさ。

「名前は明日明日で先伸ばしにするだろう。駄目だ、今日やる。」
「しょぼん。って言うかまた思考チェッキンしたァ!」
「喧しい喚くな。冷たい空気を吸い込めば余計冷えるぞ。」
「くっそー…」

家主側がなんで居候の尻に敷かれてるんだ、くそう。とか思っても読まれるからいけない気がして頭からその念を消そうと頭を真っ白にする。

「手が止まってる。」
「う、うっせー!」
「思考を読ませまいと必死なのは分かった。」
「さー掃除機、掃除機ー。」
「スルーするな。一番傷付く。」
「ホーさまがいっつも私にやるから。」
「記憶にございません。」
「どこの議員!?」

互いに軽口をたたきながら作業していく。ソファの横に埃を被っていたホーさまの腕の防具で遊んだりしながら気が付いたら、窓の向こうは真っ暗だった。最後に風呂場を片付けて、お風呂沸かして。

「さて、買い物行きますか。」
「そうだな。」

ホーさまはぬらりと立ち上がるとハンガーに掛けてあった長いベージュのトレンチコートを羽織ると、その瞳と同色の臙脂色に黒のリボンのソフトフェルハットを頭に被せ置いて玄関へ向かう。一見奇抜なスタイルに見えるが、それを彼のセンスだと納得させる魔法が掛けられているかのように、ホーさまはおしゃれさんになる。例えその下から覗くのがジーンズだとしても、様に見える。隣に歩く私なんて最早部屋着のジャージ。財布とケータイを持って部屋を出て鍵をかける。一連の動作を気にもかけずホーさまはエレベーターのボタンを連打しに行く。

「ほんと、エレベーターのボタン好きだね。」
「よく出来ている。」
「でもそんなしたら壊れるって。」
「ダメか。」
「子供か。ダメだっつの。」
「しょぼん。」
「ホーさま、キャラ可笑しいよ。」
「落胆したのは確かだ。」
「分かったよ…ほら、来たよ。」

エレベーターに乗り込んで二回廊下を見る。地上に着いてフロントを抜けるとマンションから徒歩二分の近所に位置する行きつけのスーパーに駆け込む。さっきまで室内も同じようなものだったけど、外に出たらやっぱり寒い。カートに籠を乗っけて、野菜売り場から回る。フィッシュアンドチップスにしても付け合せというものが必要になってくる。

「顔面凍る!」
「それはないな。」
「冷静に突っ込むなよ。心まで寒くなるじゃんか。」
「たしかに寒すぎるな。」
「あんた寒い地方出身じゃなかったのかよ!」
「そうだ!だが寒がりで悪いか!」
「悪かないよ!ただ真顔で寒い寒い連呼されたら本当に寒いのかな、とか色々思うだろ!」
「寒さで顔が動かない。」
「冗談。」
「冗談だ。」
「真顔で言うなって。ホーさまが言ったら冗談に聞こえない。」
「おれはどれだけ能面顔なんだ。」

やっと気づいたかと思いながら適当に野菜を籠に放り込んで魚売り場へ。

「白身魚だよね?」
「ああ、大体鱈だな。」
「なっ、ぜいたくな!」
「仕方ないだろう、これに限る。」
「…なら鱈と、ポテトフライか…。」
「ビネガーで食うのが好きだ。」
「はいはい、酢で食うのね。」

鱈のパックを吟味し選んでいると、袖を引っ張られる。大きな子供が呼んでいる。

「はいはいなーに。」
「あれはなんだ。」
「あれ…?」

指差された先にはお菓子売り場の福袋。紅白の色がおめでたいと説明したのを覚えていたのか興味津々に聞いてくる。

「あれは福袋。あれはね、売れ残った商品とか売りたい商品を一纏めにしてお得感を醸し出し、叩き売りが如く上手く客に物を買わせる生産者の常套にして最終手段だよ。」
「がめついな。よくもそこまで購買意欲をそそる方法を考えるものだ。」
「浸透した欧米的資本主義の理念が覇権を有してしてしまっている世の中だから仕方なのだよ。」
「諦めか。」
「諦めね。」
「そうか。」
「うん。あ、そうだ。デパートの福袋とか買ってみたらどうだろ。あれなら服沢山入ってるし安いしで一石二鳥なところあるけど。ホーさま服まだ少ないでしょ?」
「安物買いの銭失いということわざを知ってるか。」
「遠まわしに止めてんのね。」

頷きながら今度は冷凍のポテトフライを籠に放り込む。するとふいにホーさまが違う方向への通路を進み始める。あ、これは。

「今日はこれにする。」

ホーさまは缶チューハイが好きだ。スーパーに来るたびに毎回違うものを買っては自分の一番を吟味しているらしい。しかし今日持って来たのは瓶の…

「ウイスキーですか。」
「ああ、飲みたい。」
「いいけどさ、あんまり酔って迷惑かけたりすんなよ。」
「大丈夫だ、酒には強い。」

また少し笑った。そうして私の許可なしにウイスキーを籠に入れると軽い足取りでレジへ。

「ちょっと待て、明日の食パンまだ買ってない。」