「ホーさま、蜜柑とって。」
「…ん。」

手をざわざわと藁に変えて、部屋の外の段ボールまで手を伸ばして取ってきた蜜柑は二つ。炬燵に二人身体の半身を突っ込んでだらだらと一日が過ぎていく。

ホーさまがうちにやって来たのはつい一週間前ほどのことだ。風呂場で物音がしたと思ったらそこにいた。驚いたけど、第一声が「怪しい者ではない。」だったからとりあえず話だけ聞くことにした。そうしたら異世界から来た海賊っていうじゃないか。旅相が出ていたとかなんとか…占いの結果帰れる確率は100%だったけれどいつ帰れるかまでは分からなかった。それが分かってしまったら、面白くないと言って炬燵を見た。

それから一週間、彼も炬燵の虜となってしまった。どうやら寒い地方の出身らしく、暖房器具には関心があるらしい。机に顔を伏せらせてこちらを見る。

「炬燵は魔物だな…。うちの船にも欲しい。」
「でしょ、こいつは危険だーよ…そしてこんな袢纏着てたらもうもこもこで幸せー…」
「おい、寝るな。暇になる。何か喋ってろ。」
「酷いー。じゃ、私が再就職出来るかどうか占ってよ。」
「それは毎日やってるだろ。」
「やってよ。」
「…。」

身体を起こしてしぶしぶカードをきって藁を出しながらそれで支えて、宙にカードを張り付けるように運勢を探し出していく。

「再就職確率0%。」
「えー、今日もー?ね、明日またやれば変わるんでしょ?」
「そうだな、変わるかもしれないし変わらんかもしれない。」
「ま、いっか…今が幸せならさ…。」
「刹那的な行動をとると後悔するぞ。」
「炬燵という名の魔物に食われたホーさまに言われたくない。」
「反論できん。」
「でしょうが!」

ぬはは!と笑うが、ただ虚しいだけで終わった。テレビはクリスマスが終わった途端始まった年末ムードを垂れ流し続けている。

「あれはなんだ…?」
「ああ、注連縄?お正月の飾りね。」
「お前は飾らないのか…?」
「なに、そのワクワク感。腕白小僧か。」
「おれがそんなジャイアンに見えるか。」
「内面ジャイアン。」
「なん…だと…!?」
「そんなショック受けなくてもいいんじゃない…。」
「あ、あれは…」
「あれは初詣。神様に一年いい年にしろって言いに行くの。大体叶わないけどね。」
「あの、あの紙はなんだ…!」
「あれはおみくじ。筒を振って、数字が書いてある細い木の棒を出すのね。んでその数字と合う運勢の書いてある紙をもらって一喜一憂するの。」
「興味深いな。」
「寒いから行きたくないよ。」
「…行かないのか…。」
「なに、行きたかったの。」
「……。」
「分かったよ、そんな顔すんなよ。」

哀愁感漂う表情で見られると、なんだか私が悪い気がしてついつい甘いことを言ってしまう。寝正月を決め込もうと思ったのに、どうやら今年はそうもいかないようだ。

「あ、あの箱は…」
「あれはおせち。三が日をだらだら過ごすために長持ちする料理を詰めとくの。」
「む、知恵だな…。」
「そう知恵知恵。昔の人も新年ぐらいはぐうたらしたかったんだよね。」
「お前はいつもぐうたらしているが。」
「うっさい!私は特別な存在なの!」
「ニートか。」
「そう、ニート!ニートはこの世で最も高貴な職業なんだぞ!」
「嘘くさいな。職業なら、いま再就職がどうのなんて喚いていないだろう。」
「うっせーーー!もうおせち作ってやろうと思ったけど作ってやんねー!」
「な、それは困る…!」

赤い光で照らされた内部に潜ると、慌てたようにホーさまも長い足を抜いて顔を差し込んできた。正直、この能面のようなお顔に見つめられるのは心臓に悪い。綺麗だが、何考えてるか分からないし。

「悪、かった。」
「そんなこと思ってないくせに。」
「思ってる。」
「ふん。ホーさまなんか知んね。ロンリーニューイヤーを向かえればいいんだ。」
「それは嫌だ。せっかくここにいるんだ。」
「年末の大掃除も、おせち作りも、正月の準備も、年越しそばも、ガキ使見るか紅白見るかのせめぎ合いも、ゆく年くる年も、カウントダウンも、初夢も、初日の出も、初詣も、ぜーんぶ一人でやればいい。」
「イマイチ理解できない言葉の羅列だったが、なにかしら大変なのは理解できた。おれだけでは到底できない。だから名前が教えてくれ。二人でやろう。」

じー、と炬燵の中独特の音が響く。赤に照らされてホーさまの顔をじっと見ると、見つめ返してくるその瞳が居たたまれないくらい真剣で、そんなにお正月したいのか。綺麗な金髪が、揺れる。

「…分かった。」
「よし、なら今から出よう。」
「…は?」
「今から準備だ。」
「まだ早いって!まァ日にち的にまだ大掃除プロローグって感じだけど。」
「ならプロローグ、始めよう。」
「はいはい。」
「返事は一回にしろ。」
「はーい。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
「ねェ、早く出ようよ。」
「出たくない。」
「だよねー。」



11/12/01