天使の面、悪魔の口

「名前さん、遅くなってすいません。」
「ううん、私も今さっき図書室の鍵閉めてきたところ。今日はリクエストカードの本の入荷日だったからシール貼ったり作業が大変だったの。」
「そうですか、じゃ、送ります。」



ようやく、名前呼びが板についてきた。今では赤面することなくテツヤさんに呼びかけることが出来る。



「ごめんね、部活で疲れてるのに。」
「僕が好きでやってるんで。それに、彼女一人守れないようじゃこれから困るので。」
「ありがとう、用心棒!」



テツヤさんはけっこう気力人間だ。
そう気付いたのはつい最近の事だ。彼は身体的にはあまり恵まれていないほうで。鈍臭くはないけど、運動神経はないほうだ。それでよく運動部なんてやってるな、と思う。しかもバスケ部、レギュラーだとか。私は運動にはあまり興味が無いけれど、彼のバスケットへの愛は確かなものだ。

下校完了時刻を大幅に越えているが、部活帰りの生徒たちもちらほらいる中二人連れ立って校門をくぐる。

私がテツヤさんと一緒に帰路に着くのは放課後の図書当番の二日、火曜と金曜だけだ。それ以外は早い時間に帰れるので、テツヤさんに心配を掛けない様に早々に学校を切り上げて帰路に着く。

肌寒く、薄暗い晩秋は規定通りのスカート丈から出した生脚を晒した私には少しばかり厳しい。



「寒くなってきたね。」
「そうですね。身体、冷やさないようにしてくださいね。」
「うん、ありがと。テツヤさんも風邪とか引いたりしないでね。」
「はい。」
「まだ息は白くならないけど、私あれ、あんまり好きじゃないんだー。」
「どうしてですか?」
「だって、鼻息とかも白くでるでしょ?不細工だもん、やだよ。」
「大丈夫ですよ。」
「、なにが?」
「十分、可愛いですから。」
「なっ、」



テツヤさんは私が恥ずかしくなったり赤面してしまったりするような言葉を平気で投げ掛けてくる。まったく、なんて奴だ。



「テツヤさんって、ほんと凄いね。」
「なにがですか?」
「私のこと、好きすぎ。」
「当たり前じゃないですか。もう名前さんのことに関しては僕は盲目です。」
「あ、ありがとう…。」



重く聞こえるような言葉でも、あまりにさらりと言ってしまうから重く聞こえない。涼しい顔をして、テツヤさんは道路側を歩いてくれる。万が一にでも車両との接触があったらと、むしろ私は私なんかよりもテツヤさんに自分の身体を大事にしてほしいんだけれど。
だって、一応彼、スポーツマンだし。全力でコートを駆けていてほしい。出来るだけ事故なんかからは遠ざけたい。



「あ、ごめん。」
「いえ、こちらこそ。」



テツヤさんの右手と、私の左手が少しぶつかった。

嗚呼、この距離、もどかしいなあ。左側にいるテツヤさんの右手が、触れるか触れないかの距離で空気と手を繋いでいる。折角なら、この手に、私の手を収めてほしい、なんて欲を。



「…寒い、ですね。」
「そうだね。」
「もう一枚下に着て来ればよかったです。」
「薄着ダメだよ、ちゃんと体調管理もしなくちゃいけないんでしょ?」
「まあ、そこは抜かりないです。…たぶん。」
「たぶんって!」



ツッコミながらも、テツヤさんが強引に手を繋いでくれたらな、とか他人任せなことを考える。私から何かしらアクションを起こすと言うのは、なかなかレベルの高いことなのだ。いつも何かすると言えばテツヤさんからだし、進展の根源と言うのはテツヤさんの我慢の限界点突破ということになる。彼は見た目に反して中身はかなり肉食系なのだ。ロールキャベツ男子だ。あ、美味しそう。



「名前さん。」
「あ、なに?」



呼びかけられたから、隣を向く。と同時に手に手が触れる感触。



「わ、あ、」
「手、繋ぎましょう。」
「…う、ん、」
「やっぱり、冷たいです。」
「テツヤさん、暖かい。」
「さっきまで身体動かしてましたから。」



私と同じくらいの大きさの手が、心地よく左手を包み込んでくれる。



「僕は名前さんのことに関してはエスパーですけど、それでも、なんでも言ってください。」
「…ごめんね、エスパー黒子。」
「そんな芸名持った覚えないですよ。」
「…うん、なるべく口に出して言うね。」
「僕は名前さんのお願いなら出来るだけ、なんだって叶えたいんです。」
「…うん。」
「名前さんの手が空いているのなら、僕は何時だってそこに入り込みますから。だから、そんな迷ったりしないでください。僕の意思は常に名前さんと共にあるんですから。」



なんて、口説き文句だろう。いや、もう口説かれて落ちてるから口説くとは言わないのか?では、これは何と言うのだろう。口頭による愛情表現?これが一番しっくりくるかな。



「名前さん。」
「、なに?」
「僕…強欲なんです。…だから、」
「テツヤさん、?」



片膝を地について跪くと、私の手を取って甲に唇を落とす。



「僕が名前さんの唯一の王子様であれば、いいです。」
「は、恥ずかしいよ!!」



半ば叫ぶようにこの恋ボケ紳士を立たせると、ぐいりと先ほど掴まれていた手を握り、引っ張って帰路を進む。

テツヤさんは私の次の駅で下車するにもかかわらず、自宅まで送ってくれるのだ。以前、駅から徒歩十分圏内だから申し訳ないと言えば、恥ずかしい言葉で返された。



「名前さん、僕、手、絶対離しませんから。」
「、うん。」
「幸せです。」
「…私も。」



やっぱりこの微笑みが、何より好きなのだ。





12/05/07


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