One-side love


クリスマスまで、あと三日。一日おきに図書館へ通うようになったおれは、よくミュージックプレーヤーを携帯するようになっていた。そこそこ付き合いの長いシャチでも滅多に見ないその姿に興味本位で指摘してくる。

「ローさん、珍しいすね。」
「あ?」
「いや、そのイヤホンしてるところ、あんま見たことなかったすから。何かいい曲でも?」
「…あれだ。」
「あれって?」
「あれだ、CHE.R.RY。」
「…YUIのすか?」
「他に何があるんだ。」
「いや、いい曲ですもんね…。」
「ま、あいつのアドレスまだ知らないんだけどな…。」
「え。」
「聞いても怪しまれないか悩んでる。」
「いや、もう大丈夫なんじゃないですかね、今日聞いてみたらどうですか。」
「シャチ、お前適当に答えてねェだろうな。」
「い、言ってないですよ!おれはローさんの恋を全力で応援してますから!」
「…分かった、行ってくる。」
「はい、お疲れ様でした。」
「ペンギンが帰ってきたら連絡寄越すよう言っとけ。」
「了解。」

短くなった煙草を灰皿へ押し付けて、本拠地の教室を出る。この学校は最早ドアがドアでないので、基本的には誰でもどこからでも侵入可能だ。ただし、実力が無ければすぐに弾き出される。三十分に一度起きる小競り合いで二度と近付くまいと決める侵入者によって伝説化され、防犯対策はバッチリできた場所である。
学校そのものが暴力と化している、この学校。ガラスがない窓を越え、おれは単車に跨る。無意識に出る鼻歌はもちろん恋心を歌ったあの歌。
逸る気を押さえつけ、今日も名前の元へ足繁く通う。

「よう。」
「あ、ローくん。」
「どうだ、捗ってるか。」
「うーん、まァ三歩進んで一歩下がる感じかな。」
「大きな進歩じゃねェか。」
「うん、今日はもう終わりにしようかと思ってたの。」
「そ、うか。」
「どうかした?」
「いや、少し…」
「少し?」
「お前の、連絡先、知らねェと思って、」
「あ、そうなの、すっかり忘れてた。あのね、明々後日うち来るでしょ?受付のこととか色々話しておきたくて。私も訊こうと思ってたの!」

これほどまでに身体中の細胞が歓喜の悲鳴を上げたことがあっただろうか。言葉にこそ出さなかったが、これ以上ない喜びを感じていた。
しかしそれと同時に心内で別の思考が主張を始める。自分ばかりが名前を知っていることに、苛立ちを感じ始めていた。自分のことも知ってほしい。しかし、その勇気が無い。幻滅されはしないだろうか、拒絶されるのは一番怖い。いや、名前はそんなことをあまり気にするような人間でないが、なにしろ一般人である。暴力はやめて、なんて言われでもしたら板挟みになった自分自身は一体どうなるのだろうかと、おれ自身も想像しがたかった。
だが人を殴ったことすらないだろう、あの柔らかな手はあの時おれの手を握っていた。あの時おれの心は満たされた気がした。いや、満たされた。もしかして自分があの眩しさを我慢しなくとも、彼女がこの仄暗く湿ったこの世界へ落ちてきてくれるのではないかと、期待した。
あちらの世界に置いたまま、何も知らせないままで飲み込むか、こちらの世界へ招き入れて全てを知らせた上で飲み込むか、それによって名前の味は変わるのだろうか。

「ペンギンか?」
【言われたこと、やっておきました。】
「ご苦労だったな。」
【ローさん…】
「あ?」
【例の彼女の連絡先は交換できたんですか?】
「シャチが言ったのか?」
【はい。本人が気にしてます。】
「聞いた。そうだ、シャチもそこにいるなら聞いておきたい。明々後日、暇か?」
【明々後日…クリスマスですか?】
「ああ。」
【シャチは…寂しいからそのへんの女引っ掛けると躍起になってます。おれはフリーです。】
「なら話は早い。聖女子へ行く。」
【シャチ、聖女子へ行くそうだ。……歓喜しています。】
「連絡回す。来るまで待て。」
【了解。】

切ったあと、視界に入ってくる部屋に漂う紫煙は天井へと上りながら薄くなり、やがて不可視となる。メールの着信音が響く。

Date 12/22 20:01
From 名前
Sub 送れてる?

やほー名前なのだー\(^0^)/
明々後日のこというよ!

11時開演だから、それになるべく間に合うようにいらっしゃいませ!

んでねんでね、まずこの間の正門から入って目の前のグラウンドが駐車場になるから、駐車するならそこでね!

で、係の人がいるからその人の指示に従ってたら、講堂に案内されるから、そのまま講堂で観劇してね。終わるのは12時前くらいかなあ。
私が解放されるのが12時半くらいだから、それくらいに正門で待ち合わせね!イタリアン食べに行こう!

じゃ、出来れば了解メールよろしく(d^^)

-End-

「…絵文字、使わねェのか。」

存外、シンプルな文面に驚きつつも返す言葉を考える。


To 名前
Sub 読んだ。

分かった。時間通りに出向く。

「無愛想すぎるな…。文面変えるか。」

To 名前
Sub 読んだぞ(゜∀゜)

了解した、その時間に行ってやる☆
おれが待ち遠しくて堪らないとおもああああああああああああああああああああ

「何を書こうとしてる、おれ…!もう自分が分からねェ…おれはこんなキャラだったか、あいつらに見せられねェ…!」

迷わず保存しないで終了を選択する。

To 名前
Sub ちゃんと届いてる

その時間に行く。昼食、おれも楽しみにしてる。


すきだ


「…ダメだな、最後のは絶対にドン引き確実だ。おれが名前なら着信拒否にする。最後のだけ消せばいいか…」

送信して、一分もせず携帯電話が震える。

Date 12/22 20:36
From 名前
Sub よかった!

明日は図書館くる?

-End-

「…来いって言ってんのか?」

To 名前
Sub 来てほしいのか?

お前が望むなら行ってやる。

Date 12/22 20:39
From 名前
Sub 来てほしい

だってなんか安心するもん。ローくん居たら見張られてるみたいで眠くならないし。勉強捗る(*^^*)
でもローくんもよく私のところに来るよね!暇人(・・?

-End-

To 名前
Sub やっぱ行ってやんねえ

おれは見張り番でなけりゃ暇人でもない。本読みに行ってる。

Date 12/22 20:42
From 名前
Sub ごめんなさいいいい

ごめんローくん、本当にごめん、だから来てください。ほんっと、マジ謝るから!あと読書の邪魔してごめんねm(__)m

-End-

To 名前
Sub 謝るなら最初から言うな

お前が面白いから、また出向いてやる。




「…こんな感じのやり取りだ。」
「もう完全にその子に毒されちゃってますよ、ローさん。」
「おれもそう思う。完全にあれは毒だ。」
「本人が進んで毒を摂取するんだから仕方ないだろ、あと連れてきてもらっておいて文句垂れるな、シャチ。」
「うへへ〜、女子校潜入とか初めてなんすけど、おれ!」
「潜入じゃねェ、正式に許可もらっての入校だからな、変なことすんなよ。」
「ローさんの顔に泥塗るようなことだけはするな。」
「なんで全部おれ!?そんな信用ないっすか!?」
「一番危ないだろ、お前が。」
「ペンギンてめェ…。」
「事実だろ、シャチ黙れ。」
「ペンギン黙れ。」
「お前らガキか。」

かくして、クリスマスが幕を開ける。



11/11/10