Sink in the darkness


荒れた校庭に一陣の風が吹いた。

「誰に喧嘩売ってんだよ、バーカ。」

後ろで誰かが言った。地面に伏した男はぴくりとも動かず、「あれだけやられたらなあァ…死んだんじゃねェの?」と、また誰かが言った。
動かし終えた身体に、またある誰かが学ランを羽織らせた。それに腕を通しながらおれは帰りの足を用意するよう静かに部下に言い放つ。

「吊るしておきますか?」
「勝手にしろ。おれは帰る。」
「お疲れ様でした!」

おれは単車に跨がると、颯爽と敷地を後にした。治安の悪い地域を抜け、住宅街を越え、寂れた商店街を抜け、また住宅街に入る。

不良養成所のような学校でおれが頂点に登り詰めたのは入学早々、一年目の夏休み明けだった。そもそも夏休みがあったのかどうか怪しいところだが、一般的な学生の暦に当て嵌めるとその時期に当たる。
二大勢力として競いあっていた三年を相手取り、全治一年の瀕死の重症を与えてとうとう天辺を取ってしまった。順風満帆だった。つい先ほどのした男も、他校のヘッドだと喚いていたのだ。今や県内外にもその名を轟かせる“ワル”であった。

しかしそんなおれも来年で卒業となった。しかしながらまず、あの学舎に卒業というものがあるのかどうか気になるところなのだが。学校であるにも関わらず、式典や行事の折にしか教師を見掛けない。三十分に一度の割合で小競り合いの起きる学校なのだ。おれは確実に気付いていた。この学校からまともな道へ進むのは無理だということを。しかしここへの進学を決めたのは他でもない、おれ自身だ。

風が頬を心地好く撫ぜる。彼なりの安全運転、速度で道を進んでいく。が。

「、っ」

感じた違和感にメーターを見遣る。

「ガス欠…つくづく。」

気だるげに降りると、それを押して歩き出す。家々を横目に過ぎ去り、目印の図書館が近付く。ちょうど中から人影が出てくる。図書館の前でしばらく佇んでやがて歩き出したが、なにかを落としたと、おれの目に映る。そこまで歩くと、それが小さな手帳だと判明。拾い上げ裏返せば生徒証明書も兼ねている。気づけばその背を追いかけた。らしくない、と感じながらも。

「おい。」
「は、はい?」
「落としたぞ。」
「え…あっ、ありがとうございます!」

側で相手を見て、そこで思い出す。そう言えば朝ここへ入る姿を見たことを。もう十二月入口、もしかすると受験なのかもしれないと一般暦で考える。
相手は制服に身を包んだ、学生の鏡のような女子高生だった。三つ編みに眼鏡、きっちり上まで閉められたブラウス、足の長さが均等なリボン、膝下までのスカート。今時珍しい、いやむしろ最早絶滅危惧種ではないか。

「すみません、ご親切にどうも。」
「気を付けろ。」
「ありがとうございます。」

立ち去ろうと思った彼だが、やはり気になる。

「受験か?」
「え、はい。時期も時期なので…。」

溜め息混じりに笑う女子高生はやつれた、という形容がまさに当てはまる。

「学校、どこだ。」
「聖女子です。」
「あー…」

近隣高校の中では唯一の女子校にして進学校だと誰かが騒いでいた気がする、となんとなくだがその学校についての知識を引き出してみる。

「あの、貴方は、」
「聞かねェ方がいい。」
「あ…そうですか、」
「ずっとこんな時間まで?」
「はい。」
「そうか…頑張れよ。」
「ありがとうございます。」

年上に敬語を使われたことは今までに一度としてなかったせいか、新鮮に感じる。
女子高生は、なんども頭を下げて「失礼します。」と一言、そして歩き出した。



11/11/9