ワイルドな成人女


私は自分の置かれた状況を整理して様々なことに思いを馳せてみることにした。

どうやってここに来たのか、何故私なのか、これからどうやって生きていくか、帰れるのか、明日の朝からまた新しい連ドラ始まるのに見れないのか、そもそも生きているうちに連ドラを再び見ることができるのか、そう言えば失踪事件とかになってみんな心配してるんじゃなかろうか、エトセトラ、エトセトラ…。後半部分は元の居場所に関する心配事だが、生きているからなんとかなるだろう。自分に言い聞かせながら。



「人体の不思議展とは、死刑囚の中から死後に見世物になることを承諾してもらう承諾書を書いてもらい、その人物が死亡した後に解剖、そして人間の皮膚の下、そのまた下を見せるという生物学的に意義のあるであろう展覧会です。」
「お前の世界では医学は発展しているのか。」
「日々発展しています。どこまでのレベルかは素人なので分かりかねますが。」
「そうか、興味深い。」
「医学に興味がおありで?」
「おれは医者だ。」
「そうでしたか、では当然ですね。」



なるほど、と頷きながら手持無沙汰に手を後ろに組んで、聞いてみる。



「あの、どうして海に?」
「悪魔の実を食った能力者かどうか確認していた。能力者か否かによってお前への待遇も変わっていた。」
「その不吉な名前の実を食べるといけないんですか?」
「ああ、能力が芽生える。人其々だが、危険だ。」
「船長も能力者なんだぜ!」
「そうなんですか…。」
「能力者は海に嫌われ、一生カナヅチだ。」
「等価交換ってことですね。」
「多大な戦闘能力の代わりに大きなリスクを負う。海に出ること前提でだがな。」
「海賊は多いのですか?」
「ここには五万といる。」
「そうですか…。」



その先の治安が悪いんですね、という言葉を喉の奥に引っ込めてその事実に少し落胆した。平和な世ならうまい具合に生きていけると思ったのに。少し骨が折れそうだ。



「次の島までもうじきだ。これもなんかの縁だ、そこまで連れて行ってやるから、それまでおれ達の暇つぶし要員になってもらう。」
「い、いいんですか?」
「ここで捨てて行ってもいいんだが。」
「あ、そういう意味でなく、単純な驚きです。…恐縮です、ありがとうございます。」



親切な海賊に拾ってもらって、なんだか見世物みたいな役職をもらった。死なない程度に面倒を見てくれそうなので文句は言わない。別に異論はないが。しかし確かに珍しいと言えば珍しいだろう。異世界の住人なのだから。そこでは常識の何もかもが通用しないだろうし、…まあ、ここでは言葉が通用したりしているけれど、私も異世界の人間が目の前に粒子の集合体として現れたとしたら吃驚仰天だし、暫く根掘り葉掘りいろんなことを聞くかもしれない。



「ところで、ワンピースとは?」
「ひとつなぎの大秘宝…この世の全てだそうだ。」
「…とにかく、未確認の宝物なんですね。では海賊王とは?」
「ワンピースを手に入れるべくグランドラインを航海制覇した人間にだけ与えられる称号だ。」
「簡潔なご説明ありがとうございます。」
「一部では伝説視されているが、おれは必ずあると思っている。」
「あるいはそれに匹敵するものがないと、そんな噂話が流れてあるかどうか分からないものに命懸けることなんてできませんよね。」
「…二十年前に処刑間際の海賊王が言った。」
「事実確認は多少しているのですね。海賊に関してある程度理解しました。」



船長さんの目を見て軽く数回頷く。すると後ろを振り返ってドアに向かって声を張り上げた。



「おい、ベポ!」
「アイアイ!キャプテンなに?」



海中に潜るのだから当然なのだが、その重そうな鉄の扉を開いて出てきたのは人より大きな影。白でなくオレンジ色をしたつなぎを着た…白い熊。喋ってる、立って二足歩行してる、可愛らしい。



「風呂に入れてやれ。」
「お気づかいありがとうございます。」
「あ、じゃあこっちお出で〜。」
「はい、では失礼します。」



一同に頭を下げて、船内へ。先達を担う白い熊は私を隣に歩き出した。



「君、突然現れたんでしょう?おれも聞いて吃驚しちゃった!あ、おれベポっていうの。よろしくね。」
「あ、よろしくお願いします、ベポさん。」
「うわ、さん付けなんてされたことないよっ!くすぐったいなァ!」
「私は月島咲と言います。どうやら異世界から来てしまったようです。」
「うん、船内から聞いてた!」
「しかし、どうしてあそこに?」
「あ、襲撃だった場合を考えていつでも応戦できるようにしてたんだ!咲みたいな小さい子に何も出来るわけないんだけどね!ここは何があってもおかしくない海域だから。」
「そんなに手ごわいんですか?」
「船は沢山沈むよ!戦闘、時化、海王類に食べられちゃったり。」
「海王類?」
「とんでもなく大きな魚だよ!美味しいんだけど、捕まえるのに苦労するんだ、大きいから。」
「へェ…」



ベポさんは身振り手振りを加えながら海王類のサイズについて説明してくれた。しかし私は気になる。気になるんだ。



「…ところでベポさん。」
「なに?」
「ベポさんは熊さんなのですか?」
「熊が喋ってすいません…」
「ええっ。」



今まで快活に喋っていた白い熊はいきなり落ち込むと謝りだした。なんだかこちらが申し訳ないことをした気分だ。どうやら禁句だったらしい。



「す、すみません、ベポさんはベポさんですもんね、白い熊だとか、熊が喋ってるだとか関係ないですもんね、だってベポさんだから!」
「ごめん、咲…」
「いえ、私が悪いんです。すみませんでした。」



暫くして吹っ切ったのか首を横に振って前進を再開する。そう言えば、さっきから名前で呼ばれてる。初対面で名前を呼び捨てにされることなんてなかったから、何だか新鮮だ。他愛ない会話を続けていたら、突然オレンジ色の壁が出来た。



「わっと、」
「ここがシャワールーム!あ、着替えがいるな…先に入ってて、おれ持ってくるから。」
「何から何まですみません。」
「いいよ、ほら早く入らないと冷えちゃうよ。」
「はい。」



脱衣所を経て、区切られて出来た何室かのシャワールームを目の前にする。慣れない環境で視界が悪いのは危険だと判断したので、今だけ眼鏡着用で入浴する。コックを捻って出てくる最初の液体は冷たかった。小さく悲鳴を上げて、湯になるのを待つ。徐々に温もりを持っていく液体が重力に従って排水溝へ流れていく。眼鏡の塩が取れた。



「咲ー!ここに置いておくね!濡れちゃった服は洗濯しておくから!」
「ありがとうございます!」



なんて親切なんだろう。至れり尽くせりだ。下着まで申し訳ない。
備え付けのシャンプーとトリートメントを拝借して髪を洗ってボディーソープを身体に這わせて塩を落とす。眼鏡も忘れずに。

脱衣所へ戻って置いてあったタオルで全身の水滴を拭って、眼鏡も拭って、クリアな視界で着替えを捕らえる。そこにはこの潜水艇の乗組員たちと同じ白いつなぎと下着…トランクスが置いてある。ふと気が付く。ブラジャーが無いという悲劇付きに。悩んでいても無いものは仕方がないので着ることにする。しかし元からパジャマの下はノーブラだったし、家に居るときも基本的にノーブラで過ごしていたからあまり違和感はない。それに、与えられるだけマシなんだと思う。感謝せねば。




11/10/31


  
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