諦めきれない悔恨


「暫く潜水するぞ。」



私の乗っているこの船は、本来潜水艦であるからもちろん潜水する。私はスカートを翻しながら、丸い窓から水中を眺めるが、相当な距離を潜っているのか真っ暗だ。

高いハイヒールを床に打つ度、こつんこつんと音がする。ランプに照らされている廊下に、一人佇む。
未だに受け入れられないのだ、死が、あっちの世界よりも近くなったにもかかわらず、私はここに生きている。



「あ、咲、なにしてんの?」
「ベポさん…はい、少し…海ってどこまで続いてるんだろうなって。」
「縦横無尽に果てなく続いてるんだよ。」
「…素敵な言い回しですけど、それって結局何処まで続いているのか分からないですよね。」
「そんな現実的な…。でもこれ、キャプテンが言ってたことなんだよ!」
「…ロー船長、ロマンチストなんですね。」



窓を眺めるのをやめて、自室に向かうための進路に切り替える。



「あ、どこ行くの?」
「部屋に戻ろうかと。」
「キャプテン、呼んでたよ。」
「なっ、それを真っ先に言ってくださいよ。」
「あはは、ごめんごめん。たぶん測量室にいるよ。」
「あ、ベポさんはどうするんですか?」
「おれはシャチと倉庫掃除!」
「そうですか…。」



一緒に行ってやろうという作戦が見事に失敗して、一人でロー船長の元へ行くことになった。

ひらりひらり
かつんこつん

歩くたび、ひらりと主張するフレアのスカートの裾を見ながら辿り着いた潜水艦、中層部前部分にある測量室のドアをノックする。



「咲です。」
「入れ。」



中を覗くとあちこちに貼られた海図が嫌でも目に入ってくる。なんとなくそれを眺めたいな、と思ったが止めた。真っ直ぐにロー船長を見る。



「どうかしたんですか?」
「恐らく次の島まで早くて三日ほどで着く。」
「はい。」
「何か欲しい物、決めておけ。」
「欲しい、物…ですか、」
「なんでも構わねェ。人間だろうが動物だろうが、金はおれが出す。」
「そんな…」
「仕事以外に打ち込めるものを見付けろ。船長命令な。」



唐突にそんな話を持ちかけられてなんだかなぁ、と困る素振りを見せている水面下で、何もかも投げ出した今の私でも欲しい物は決まっていた。

仕事以外に打ち込めるもの、というか今までそちらの方が生活の中心だったから…今が可笑しいのか。船長命令も添えられたことであるし、遠慮はしなくていいか。



「はい、ありがとうございます。」
「やけに素直だな。」
「…欲しい物、あるので。仕事以外で、なんでもいいんですよね?」
「ああ…。」
「遠慮しないで言いますね。」
「そうしろ。」



少し驚いた顔をされているロー船長に深々と頭を下げると、スカートを翻して部屋を出て食堂へ向かった。久々にアレの事を考えると興奮して喉が渇いてきたのだ。この世界にアレがあるならの話だけど。



「あ、咲。」
「ペンギンさん。」
「さっき船長が探してたぞ。」
「あ、行ってきました。」
「そうか、どうかしたのか?」
「喉が渇いたので、水を。」
「そうか。ならこれ、やる。」
「え、いいんですか?」
「まだ口付ける前のだ。また淹れるから構わない。」



差し出されたグラスには並々と透き通ったイエローが注ぎ込まれていた。香りから、恐らくアップルジュース。グラスを軽く持ち上げてお礼を言うと、ぐいりとあおった。



「何の話だったんだ?」
「ええ、島に着いたら欲しい物を買え、と。船長命令で。」
「へェ…で、何買うか決まってるのか?」
「目星は。」
「意外だな。また突っぱねると思ったんだが。」
「…仕事以外で集中できることを見つけろ、と。」
「ああ、趣味…って感じか?」
「そうですね、そんなものです。」
「…それが見れるのを、心待ちにしておくことにする。」
「そんな大層な物ではないですよ。」
「言わない事は追求しない。シャチなら別だろうが。」
「…。」
「期待、してる。」



いらない期待を抱かせてしまった。人前で披露するようなものではないのだけれど。もう、諦めてしまったはずだったけど。離れて気付くことって、やはりあるんだなと。一つ一つに区切りを付けながら、私の思考は浮き立つ感情を構築していく。

しかし未だに相変わらず、強者と弱者、責任者と居候という関係を思い出して一旦思考停止してしまう。
そうすると、まず初めにロー船長がお説教を噛ましてきて、そしてそれに続いてクルーたちのヤジが飛んでくる。私に責任があるのかどうか自分では分からないような状況下であれだけ責められるのは精神的に鬱屈してしまいそうになる。私が悪いのではない、私の今までの環境が彼らに合わないだけであって、決して私自身が割るのではない。
私を作り出した環境、私の過去自体がロー船長にとっては疎ましいのだ。彼の見えない、私を縛るものがあることが、彼が知らないものが目の前にあるというのが。気に食わなくて仕方がなのだろう。しかし、私は今こうしてここに生きている。少し変わりながら、生きている。

少しだけ弾いてみよう。きっと、懐かしい気持ちになれる。




12/04/15



  
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