ラブ、なんスよ。


海常高校に二学期が訪れた。

いや、何処の学校にも例外なく訪れるべくして訪れる季節の巡りなのであるが、海常高校バスケットボール部には新たな息吹が吹き込まれていた。

インターハイで惜敗、苦汁を嘗めさせられもした。落ち込み、涙し、各々が各々精神的に辛く、重たい空気が漂ったこともあったが二、三日で解決。

夏休みも全て部活の練習に捧げ、海常高校一年エース、黄瀬涼太は充足感で満たされていた。

彼、一見遊んでいるように見えるが、実際はそうではない…と言えば嘘になるが、フィフティフィフティの割合で真剣なのだ。



「なんかすげぇ青春してるなーって思ってたんスけど…マジでオレ、ヤバイかもしれないんス。」
「は?」



憮然と、疑問符だらけで返答したのはバスケットボール部の主将である笠松幸男であった。

なおも黄瀬は語る。



「いや、バスケだけがオレの青春じゃねーって思ってたんス、思ってたんスけどね!」
「ちょ、お前なんの話してんだ?」
「……え?」
「え、じゃねぇよ!呼び止めたと思えば突然訳の分かんねぇことばっかベラベラ喋りやがって。」



笠松は当然の反論を展開するが、黄瀬は面食らったと言う形容が相応しい面持ちで半笑いで笠松を見た。

それが笠松の苛立ちに拍車をかける。…が、彼は喉まで出かかった言葉を気管へし舞い込んだ。

黄瀬の表情が、いつも自分に戯れているそれと違ったことが原因だった。



「…なんかあったのかよ。」
「笠松先輩、オレ…」
「んだよ。はっきり言えよ。」
「その、…オレ、恋…したんスよ、」
「――は!?」



笠松は黄瀬を二度見した。

この、女には困らない宣言を常日頃からしている、仮にもモデルという職業に就いている、一見完璧人間黄瀬涼太が…。



「相手は。」
「いやに冷静っスね。」
「いや、驚いた。十分に。」



あの黄瀬のハートを射止めたのは誰かと、それが真っ先に気になった笠松は黄瀬が恋をしたという事実を真っ先に飲み込み、黄瀬の次なる言葉に耳を貸した。



「お、同じクラスの女子、なんス…。」



珍しくしどろもどろ話す黄瀬に、笠松は目を見張った。

今まで女に寄り付かれて、内心鬱陶しがっていた人間のする目ではないと思ったからだ。



「で、どんな子なんだよ。」
「髪は…長くて…いっつも二つ括りに三つ編みしてるんス…」
「今時珍しいな。」



今時、を強めて笠松は言った。

今時の最先端を行く黄瀬にしては、古風な女子に目を付けたものだという意味を込めた。



「牛乳瓶の底みたいに分厚い眼鏡掛けてて…。」
「…へぇ。」



笠松は話の雲行きの怪しさを感じ取っていた。

牛乳瓶の底と言われて思い付くのは、昭和の親父たちの眼鏡。笠松は混乱していた。



「いつもスケッチブック持ってて…。」
「はあ、」
「オレが話し掛けたら、しねって言うんス…。」
「おい、それ嫌われてんじゃねぇか。」
「しねって、なんの呪文なんスかね…。」
「お前、目が普通じゃねぇよ。」



笠松は悟った。

好きなんだと、本当にその彼女のことが好きなんだと。



「なんでそんな暴言に曝されておきながら好きなんだよ…って言うかなんでそんな嫌われてんだよ。」
「嫌われてなんか!ないっスよ!」



勢いまかせに巨体がずい、と笠松に迫ってきた。

全力で否定しているところを見ると、どうやら確実に嫌われているようだ。



「じゃあ、順を追うぞ。」



部活終わりの部室に二人、ベンチに腰を下ろして笠松は尋問の体勢を取る。



「まず、好きになったきっかけは。」
「えっと、夏休みの登校日の日に気付いたんス。そう言えば、一人だけうちのクラスの女子でオレに話し掛けてきてないなって…。」
「まあ、お前がいたら女子は話し掛けてくるだろうな。」
「それで、放課後残ってるその子に話し掛けたんス。」
「死ねって言われるようなこと…お前なに言ったんだよ。」
「普通に…女子でオハナシしてないのは君だけだよって言う趣旨の話をしたんす。」
「確かに…怒るほどのことは言ってないな。」
「そしたら、カミの中に入ったら会話してやるって言われて…。」
「はあ?カミ?」



笠松は眉間に皺を寄せた。突然にして話が飛躍したからだ。飛躍というよりか、脈絡のない話に話題転換が行われたと言えばいいか。



「カミって…神様のことか?無理難題言うな。かぐや姫か。」
「それもオレ、寝れないくらい考えたんスけど…次の日にあっさり解決したんス。」
「なんでだよ。」



眉を上げて表情豊かに笠松は黄瀬の話に食い付いた。

黄瀬は小さな手振りを加えながら話す。



「カミって、紙…ペーパーのことなんス。」
「は…?」



今度こそ笠松は口をあんぐり開いて思考が一時停止した。



「紙にって…無理じゃねぇか!」
「そうなんスよ。」
「って言うか、そんな無茶苦茶言われてお前はその子をいつ好きになるんだよ!」
「これからっス。その次の日に、部活の前にショックのあまりに机ん中に忘れてきたケータイを取りに教室まで行ったら、居たんス。」



やや身を乗り出して笠松は話に集中した。話の大きな曲がり角なのだ。



「その子、スケッチブックいっつも持っててって、さっき言いましたけど、その時物凄い集中力で教室の絵を描いてたんス。」
「上手いのか?」
「上手いなんてもんじゃないっスよ。美術の教科書に載ってるような鉛筆画で、もうびっくりっスけど…その時見た集中してるけど…なんつーか…すんげぇ楽しい!て顔が…それから頭から離れなくて…。」
「なるほど、そうきたか…。」



恋に落ちるときは案外すとんと行くものだと、笠松は納得した。

が、依然として疑問は残っている。率直にそれを訊けば、いよいよ黄瀬が微妙な顔付きをした。



「なんで紙ん中って言ったんだ?」
「…それが、その子…」



“二次元の住人としか恋愛はしない主義なもので。”



笠松は目眩に襲われた。






12/05/23