悲しくて、腹立たしくて、そして自分を正当化して。 ここのログが溜まる十日の半分が過ぎた頃、ようやくベッドから這い出た。
街で一番の高級ホテルに一人滞在している。誰一人として追っても来なかった、その事実が胸を抉る一方で、ようやくキッドの本音が見えた気がして、もやもやは晴れた。深く傷跡を残して。
「あーあ!どうしよ、これから…。」
ああ言って飛び出してきた手前、帰れはしないし。別に、船に帰る気もない。何か内部事情を漏らされて困るのなら、見つけ出して殺すだろう。もう別に、どうなっても構わない。あの赤い髪に先導される一団を見ることもなかろう。私の代わりに、この街から適当に女中さんでも乗せればなんだって出来るだろう。もう南の海に帰ろうかな。それならどうにかして帰る術を探さなくては。
私が居なくても、替わりの誰かがいる。この世は広いのだ、私よりもあらゆることに長けた人間はごまんといるだろう。しかし、何よりも気になるのが、キッドやキラーが私を怪しんだ理由についてだ。
しかし、それもここ五日で馬鹿みたいに考えて結論が出なかったことだ。それも考えるのをやめて、買い物にでも出かけよう。きっと楽しい。
街に出ると、人が溢れている。街の情勢を知るために、私の耳はこの旅に出てからというもの地獄耳になってしまった。いつのまにかそばだてられた耳には、沢山の情報が入ってくる。
「鑑定士が散々脅されたらしい。」 「“キャプテン”・キッドらしいな。」 「近くの島で暴れたって、新聞に出てたよな。」 「ああ、この島で暴れなきゃいいが…。」 「容赦ねェ奴だ、近づかねェに限る。」
私が鑑定士のところで悪行を行い、キッドがこの島にいることを吹聴してきた甲斐があり、存分に恐れてくれているようだ。別にこうしてキッドの名前をまき散らしながら歩くのは、島民を怯えさせたいわけではなくて、ただ機嫌を損ねたら大変なことになるから余計なことはしないでね、という警告にすぎないのだ。キッドが暴れたらこの島がなくなる。
そこで、ふとあの赤い髪を思い出す。そう言えば“キャプテン”の通り名が付けられた時、皆で祝い酒したっけ。キラーはその少し後に“殺戮武人”なんて大層な名前をもらって。懸賞金がめきめき上がって。悪名も隅々まで轟いて。キッドが覇者になるのも、夢じゃないと、彼の夢に自分の夢を重ねるようになったのは何時からだっただろうか。
ただ、彼らの“キャプテン”であって、キッドは私の“キャプテン”ではなかったのだと思うと、また目頭が熱くなってくる。
確かに、まだ事が起こってからそんなに時間も経ってない。仕方がない、ここまで引き摺っていても。そのうち、気付いたら考えなくなっているはず。だから。
「お嬢ちゃん。」 「…私?」 「そう、貴女。」 「はい、なにか?」 「キッド海賊団にいるっていうのは本当かな?」 「…なんでそんなこと言うの。」 「おやおや、どうしてそんな顔で睨むのかな。」 「…喧嘩別れしたの。もうあの船には乗らない。それに、元からクルーでもなかったし…、」 「しかし君を探しているようだよ、クルーたちは。」 「…嘘、皆追い駆けてこなかったもん。」
背後から掛けられた声に、身体を正面向けて目の前のスーツ姿の男の目をまっすぐに見て言葉を交わす。柔らかそうなオーラを放っているが、眼光は鋭い。見事に皮を被った状態というのが、一番相応しい形容だと思う。
「つい先日、一隻沈めなかったかな?」 「…沈めたよ。」 「実は私はね、それの元締めなんだ。」 「貴方の艦隊のうちの一つってこと?」 「ああ、そうだ。だから報復をしないといけない。それが海賊の流儀、分かるだろう。」 「今更言い訳するつもりないけど、言わせてもらうね。私、今もあの船にいた頃も海賊じゃなかったから。」 「うーん、それは確かに言い訳だなァ。海賊船にいて海賊じゃないっていうのは、筋が通らないだろう。」 「話してたらややこしいから、別にいいよ。…で、か弱い私を捕まえてなにしようっての?」 「そうだな、まず言っておくかな。私は能力者なんだよ。」 「…へェ。」
それを聞いた瞬間、嫌な汗が背中をつたった。キッドと離れても、トラブルは付きまとってくるのか。
「能力は明かさないよ。ただ、一隻分の代償を君から頂くだけさ。」 「なにを…。」 「ほら、静かにして。すぐに済むから。」 「や、やめっ、」 「ほら、これを君のお頭にされるより、置いて行かれる君がこうなってしまう方が幾ばくもマシじゃないか。」 「な、」
額に大きな掌が当てられる。異様に熱を放っている。熱い、目が融けそうになる。熱い熱い!
「あ、っつい!」 「…ほら、終わった。」 「え…」 「…これで、君を追う者はもういないだろう。自由に暮らしたまえよ。」 「ちょっと、」
おかしい。変だ。熱が引いたことから目を少しずつ開く。けど、目の前がただ白と黒ばかりの世界で…さっきまで綺麗に晴れ渡っていた空も、色彩豊かな建物の並ぶ街並みも、自分の手でさえも。
「色が…見えない、?」
12/05/01
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