散々騒ぎ散らかして、皆で雑魚寝したあの宴の日から一週間。私たちはログの示した島に着いた。

秋島の秋。涼しく快適だ。ただ、この異様な私のデザインした服を着こなすのは季節は関係ない。どの季節に着ても似つかわしくないからだ。

偵察がてら宝の換金をするべく荷物持ちのクルーたちを選んで、他に甲板にいる皆に言い放つ。



「じゃあお宝換金組、私と行こうか。あとの皆は帰ってきてからお小遣い渡すからね。お金ないと遊びには行かさないからねー。帰って来るまでちょっと待ってて。今本当にお金ないんだから、勝手にどっか行って食い逃げとかしないで!キッドの顔に泥塗らないよ!さて…いい、キラー、キッド?」
「問題ない。」
「速く行ってこい。」



この船の人たちは金の話になると途端に弱くなるから困ったものだ。グランドライン入りたての頃、大量に奪ったお宝をある島の換金所へ行かせたとき幾ばくかのお金だけしかを握って帰って来なかったキッドを思い出す。



「あんだけあって、これだけだってよ。」
「あんた騙されてるよ!」
「んだとォ!」
「明らかにあれは船新調出来るくらいあったはずだもん!私が行くから、キッドも付いて来て!なんでこれっぽっちなのよ!可笑しいと思わなかったの!?」
「いや、でもよ…。」
「でも、なに。」
「こんなもん…じゃねェのかよ。」
「違います。」



わああ、と一通り喚いて、キッドを一緒に連れて行って半ば鑑定士を脅して握らされて帰ってきた金額の二十倍はもぎ取ってきた。

あの頃は私もまだ交渉術に欠いていて困ることも沢山あった。今では懐かしい話だけど。



「きっと…このくらいじゃない?」
「それはちょっと…このくらいで。」
「はァっ!?ちょっとちょっと、舐めてるの?コチトラ身体張って盗って来たんだからさ、もうちょっと色付けてよ。」
「失礼ですが、海賊の方…でいらっしゃいますよね。
「なに、海賊が商売じゃないっての?」
「いえ、そうは言っておりません!こちらも商売ですので…。」
「あんたねェ、海賊に稼がせてもらってんだから、それくらいやってもいいんじゃないの?え?お高く止まって!いいですねェ!」
「ちょ、サキさん、抑えてください!」
「…別段、こちらとしても貴女と取引しなくたっていいんですよ。」
「あらそう。そんなこと言うんだったらこの島に寄ってくる海賊の船全部襲ってお宝全部こっちのもんにしちゃうけど、いいのー?」
「貴女がどんな海賊かは存じ上げませんが、」
「キッド海賊団。」
「は…?」
「“キャプテン”・キッドの名前を聞いたことないってのは…ないでしょう、こんな商売してて。」
「…まさか、」
「前の島でまたちょーっと暴れたからさァ。…なに、うちの呼んできてもいいのよ。ワイヤー、キッド呼んできて。」
「はい。」
「あー!待ってください!こ、このくらいで!もうこれが限界です!」
「なに、出来るじゃん。なら速く金用意して。」
「はい…!」
「いやァ、丸く収まってよかったよかった。まァ、今日のキッドはそこそこ機嫌いいから四分の三殺し程度で済むはずだったと思うよ。」



今まで散々暴れてきたから、キッドの名前を出すと皆一様に顔色を変えるから、使えるものは有りがたく使わせてもらう。これで海軍呼ばれても皆殺しにするからまた懸賞金が上がるだけだ。
それが可笑しくて堪らない。あんなに、猫のような男なのに。そうだな…猫じゃあまりにも可愛すぎるから獅子くらいがちょうどいいか。



「あのお宝の半分にも満たない量でここまで…」
「小出しにしなきゃね。というか、いつの間にか服飾兼経理担当になってるからね、私。あの船の財布握ってんの、実質私だから。」
「末恐ろしいです。」
「力より怖いものはないよ、私なんて何も出来ない。」



実際、暴れるキッドやクルーたちを見てこれ以上頼もしいものはないと思った。

キッドが「テメェら、行くぞォ!」と声を張り上げた瞬間が堪らなく好きだ。一言で言い表すと、気高い。海賊だから無法者だからと蔑むことは許さない。あの独特のカリスマ性はキッドにしか出せない味だ。瞬く間に上がっていく士気に、私も高揚感に襲われる。あの瞬間。眩しくて、でも目を背けたくない。例えキッドが私のこと、どう思っていようが。この長旅で私に愛着が沸いたから、キラーにもあんな態度を取るんだろうか?キッドの真意が、まるで見えない。



「サキさんは、」
「なに?」
「なんでそんな複雑な顔するんすか、」
「…ワイヤーが思ってる以上に色々と考えてるのかもよ、私って。」



曖昧に笑って、隠れた入り江にひっそりと停めた船に戻る。



「…なんか騒がしいな。」
「そうっすね。」
「ちょっと離れて様子見てみようか。」
「ですね。」



ひっそりと停めていたはずの入り江は、何だか喧噪にまみれていて。まさか海軍にさっそく嗅ぎ付けられたかと、物陰からひっそりとそちらを見遣ると。



「…ワイヤー、この情景を二十字以内で答えて。」
「…頭とキラーさんが剣を交えています。」
「はい、正解!」
「どうするんですか、」
「…そりゃ、止めるに決まってるでしょ。」



警戒を解いて、そちらに歩み寄るとクルーの何人かが気付いて走ってくる。



「どういう状況?」
「頭とキラーさんが何か口論してて揉めに揉めたあげく、戦闘に…!」
「…そう。」



武器がぶつかり合って火花散る戦いの舞台に、私は自分の出せる限りの声を振り絞って対抗しに行く。



「このバカ共ー!!!」
「、サキ…。」
「なにやってんの、キッド!クルーに敵意向けるってどういうこと!?」
「こいつが、」
「言い訳は聞かない!例えどんな理由があったとしても!クルー手にかけちゃお仕舞でしょうが!」
「…テメェは、なんだ。」
「…なに?」
「おれはテメェに一度もクルーになれなんざ言ってねェ。」
「…それは、」



分かってるよ、そのことは。けど、今まで言わなかった。それなのに。今さら?今さら、あんたが言うのか?
クルーたちから動揺の声が聞こえる。これを知ってるのは、キッドとキラーとヒートと私だけだから。

そうか、それなら。



「…分かった。出ていけってのね。」
「おい、サキ…!」
「キラーも、その方がいいんでしょ?」
「何を言ってる!」
「話してたでしょ!私を追い出すか追い出すまいか!悩むんなら、私みたいなちっぽけな女、捨てていけばいいでしょ!何ら、支障なんて…ないでしょ…」



これ以上ここにいたら涙が溢れてくるからと、くるりと背を向けて走り始めた。誰も、追いかけてはこなかった。私の右手には、札束の入った袋だけが握られていた。




12/04/30