あたかも遊びにほだされた子供の様に、今までしていたこと全てを放って戦闘に走ってしまったクルーたちをしり目に、私はひたすら逃げる準備をする。ああ、オムレツ美味しい…。

私の部屋、もとい服飾部屋はファッション関連のもので溢れかえってる。ここが砲撃されたらもう火の手が瞬く間に広がるくらいに生地は大量に買い込まれているし、なにより勝手に加工するから危険な薬品とかも揃えている。

まァ、キッドの能力上砲撃は絶対に当たらないだろうけど。
遠くでがちゃがちゃ聞こえてくる。

中からしっかり鍵をかけて、クローゼットの奥にある扉を開くと、そこには小さな船室がもう一つ現れる。この船を作るときに私がこっそりお願いしたのだ。本来は倉庫として用意したのだが、何故か入口がクローゼットなので仕方がなく戦闘が起こった時は過ごしている。おお、上が喧しくなってきた。こっちに移って来たのか。怖いなァ。

念のため、護身用にとキラーに持たされた拳銃の安全装置を外しておく。
こんな夜戦を仕掛けて来るなんて、頭可笑しいんじゃないのか相手は。余程勝てるという自信があったのか…。爆発音や悲鳴が聞こえてくる。あーあー、また甲板の掃除が大変じゃないか。血と煤と塵が酷いんだ、毎回。ちきしょう。



「おい、サキ。そろそろ終わるから出てきてもいいぞ。」
「あ、そう?」



オムレツを食べ終わって、ワイヤーの次なる衣装をデザインしていたところでキラーが部屋に入ってきた。返り血で真っ赤に染まっている。



「あーあー!また染み抜きっ!」
「…すまない。」
「キラーさーん、誰が洗濯すると思ってんのかねェ?」
「…すまない。久々で腕がなった。反省はしているが後悔はしていない。」
「清々しい!よし、潔い君と今回他に真っ赤になった人には洗濯を手伝ってもらうとするよ。」
「なっ、そんな…」
「不満っ!?」
「…ない。」



ぎり、と睨むと一歩引いて手を勘弁してくれの形にするキラーに問答無用と言わんばかりに洗濯の刑に処する決定を下す。
そのままデザイン画の書かれたスケッチブックを携えてすでに宴モードへと突入した甲板へと移動する。その辺に血やらなんやらがこびりついているが、無視。



「あーあーあーあー…また酷い…。」
「キッドが想像以上に暴れた。」
「分かってるよ、そんくらい…。で、敵さんは?」
「沈んでいる最中だろうな。」
「なんかもらったの?」
「もらってからキッドが沈めた。」
「そ。」



金の成る木が船にあると勘違いしているキッドに、船は盗るもの盗ってから沈めなさいと吹き込んだのは他ならぬ私だ。



「また宴?」
「あァ。色々と乗せていたからな。」
「サキさん、上等の酒ありますよ!」
「ん?んー、じゃァちょっと貰おうかな。キラーは?」
「先の戦闘で刀が欠けたから磨いでくる。」
「そりゃ、はやく行ってきなよ。」
「あァ。」



キラーと別れて、クルーに誘われるがまま円の中に入る。負傷者をも引っくるめて浴びるように酒を酌み交わしている酒池肉林具合を見て、ため息。



「サキさん、どうぞ。」
「いいよ、オムレツ食べたし。君が食べなよ。」
「そうですか?サキさん、相変わらず少食だなァ。」
「育ち盛りの君らに食わせないで誰に食わせるの。」
「もう成長期終わってますよ。」



突っ込みを受けながら、頭の中の衣装を素描していく。ちょうどワイヤーも目の前で飲んでいることだし。ワイヤーの顔に一心に視線を注いで。



「…サキさん、怖いです。」
「え、私が?」
「はい。目がマッドネスです。」
「…そう…?」



いつもやる気なさげなボーッとしたワイヤーがひきつった笑い顔。興味ありげにスケッチブックを見てくるから素描を見せてワイヤーに説明する。



「次なるあんたの衣装。」
「えっ、なんすかこのトゲ!」
「周囲へ向けた、おれは危険!威嚇?」
「いらねェっすよ、頭いるのに。」
「あれは顔が世の中を威嚇してるよねー」
「サキ、さん…、」
「誰の顔が世を威嚇してるって?」
「げ。本人登場。」



背後を振り替えると、本人。片手にジョッキを握って私たちを見下ろしていた。



「ワイヤー、飲んでるか。」
「はい。」
「サキは…なに描いてんだ?…ツノ…?」
「ツノじゃねェよ!反抗心の現れだよ!」
「へェ…面白ェじゃねェか。」
「でしょー?」



私の隣に割り込んでくるや否や、スケッチブックを私の手から取り去ってぱらぱらと捲る。



「…これなんだ。」
「あ…それ、」



キッドが一番後ろに隠すように描いていた一枚を見つけて私に振ってくる。



「…それ、さ。あの頃のだよ。」
「…島に、居た頃のか?」
「そう。キッドの夢を聞いて…こいつバカだなァって思って。それででももし本当にワンピースがあるのだとしたら…って思ったら、海賊王になったキッドの服を描きたくなったんだよね。」
「だから、」
「分かってる、知ってるよ。キッドが本気だってこと。じゃないとここまで付いて来ないって。」
「……そうかよ。」



私が覗き、撫でたのはキッドの海賊王コスチューム。たびたび改良を加えては日々進化していく素描を眺めてはキッドは感慨深げにジョッキを煽った。



「キッド、強いからね。きっとなれるから。」
「きっとじゃねェよ、なるんだよ。」
「…そっか、次期海賊王か。」
「そうだよ。間違えんな。」
「すみませんね!」



軽口の叩き合いの一方で、私は何処か上の空だった。話し掛けられれば対応するし、アクションも起こせるが心ここに有らずというやつだ。
こんなにいつも通りなのに、キラーは私を疑っていて、さらに言えばキッドはそんな私を自分の手でケリをつけたがってる。
なにか、悪い事…したっけかなァ。
そう、誰にも聞こえない様に呟くと、一層甲板の騒ぎが色褪せて見えた。





12/04/29