「…あれ…。」
そうだ、あのまま寝ていたのだ。キッドのコートに包まれて、このまま寝てしまえと。
それを思い出して、布団になったコートから抜け出して船室をドアまで歩く。キッドはいなかった。時計は九時を指している。起き抜けで空腹すら感じないが、きっとこのまま放っておけばいずれ空腹に苛まれることになるだろうことは目に見えていたから、食堂に行こう。
この偉大なる航路に入ってからというもの、キッドは活き活きと暴れ続けてめきめきと極悪海賊としての頭角を出してきた。新聞に載ることも増えた。懸賞金も跳ね上がった。死線も潜ってきた。仲間との絆も深まった。
けど、私って、一体なんなのだろう。 守ってこられたし、彼らの海賊業にこれでもかと携わって、いやむしろほぼ仲間として連れ立ってきて、だけど。
私だけ、キッドから「仲間になれ」と公言されていない。
「キッド、まだサキを乗せておくのか。」 「あァ?……またその話かよ…。」
歩みを止めらなければならないと、すぐに壁に手を添えて立ち止まった。声の主はキッドとキラーで間違いない。長く旅を共にしてきた仲だ、間違えるはずがない。この廊下を左に、この角を曲がれば私の姿が露わになる。けど、聞いておこう。
「何度も言っているが、もうそろそろ危ないだろう…。」 「おれがやるってんだから構うな。」 「確かにお前は強い。けど、そろそろ…。」 「お前は心配性なんだよ。」 「何かあってからじゃ取り返しがつかないだろう!」 「…させねェために、おれがいるんだろうが。」 「…万が一を考えているだけだ。」 「ならいいだろうが。」
…なんだろう。もしかして、なんかの暗殺犯とでも思われてるんだろうか。別にあの時も今も変わらず非力な私で、ただ彼らの服をデザインすることだけが生きがいだけど。
さっきの話だけを聞いているとあれだ、なんかキラーはキッドの身を案じてるけどキッドが私を殺すのを躊躇してるような。そんな会話じゃないか。私、そんな信用ないのか…?それとも怪しい行動でも重ねてきた? いつも優しいキラーのことだから、余計にショックが大きい。ただ、ここで出ていく勇気はない。
「じゃあな。」 「…あァ。」
まずい、来る。足音がする。こちらに向かってくる音だ。足音からして、キラー。わああ!!急げ急げ!忍び足でもう少し現場から離れた場所まで戻って、そこから歩いてくるように、今ここに出てきましたけど?的な雰囲気を出さなければ!
「…サキ。」 「あ、キラー。おはよ。」 「またキッドの部屋で寝てたんだろう。」 「うん。汗臭かった。」 「まったく…早く夕飯済ませて来い。コックが片付かないと立腹だ。」 「ああ、うん。あんがとー。」
さらりと交わして、食堂ドア付近に歩くとキッドがいる。
「先に起きてたのか…コート、あんがと。」 「お前が離さなかったから放って来たんだよ!」 「ざまあ!」 「てんめ!」 「んぎょっ!いった…!なんでチョップとかすんの!鉄拳だよ、凶器だからそれ!」 「ざまあねェな。」 「鼻で笑うな、腹立たしい!!」
キッドの裸の上半身背中に怒りの鉄槌を下す。ばっちんと音がして、直後「いてェ!」と怒号。
「速く風呂行けよな!」 「…分かってるっつーの。」 「今日の晩御飯なんだろなー。あっ!オムレツ!やっほーい!」
いつものように振る舞うのを心掛けながら、ちらりとキッドの顔を盗み見ようとしたが、ばっちり視線が合った。
「んだ。」 「いんや、なんも。キッドのオムレツ私にくれないかなーと思っただけ。」 「やんねェよ、バカ。」 「うっせェバカ。」 「お前だろ。」 「いやいやキッドが。」 「船から落とすぞ。」 「やってみろ!洗濯放棄してやるからな!」 「…それは、」 「みんなの服にどんなな素材使ったのかは私しか知らないんだから、ちょっとでも雑なことでもすれば縮んだりして着れなくなるからな!そうなったらキッドも全裸で過ごすんだぞ!笑い者ひゃっはー!」 「ったく、うるせェんだよお前は。」
隣に腰を下ろして夕食にがっつく。 そこで、あまり人気のない食堂が騒がしくなる。突然ドアを蹴破らんばかりに入ってきたクルーが言い放つ。
「頭ー!!敵襲です!」 「そうか…!」
嬉々としてキッドは立ち上がる。楽しそうな顔するなあ。
「サキ、このオムレツやるよ。」 「え、マジで?」 「今日は宴になりそうだからな…!」 「ええ、今日も!?」 「お前は隠れてろ!」
それだけ言うと、颯爽とクルーを引き連れて食堂を出ていってしまった。残された私は二つのプレートを持って立ち上がる。いつも隠れる自分の服飾部屋の隠し部屋に急いだ。
12/04/21
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