強がりの裏側
雪がひらひらと降る日。 新選組の副長、土方歳三は相も変わらず忙しい日々を送っていた。 局長と比べれば会合やお偉い方の接待などは少ない方だが、こういった執務が極端に多かった。 それは文机の上に積まれた山のような書類を見れば分かるだろう。 土方は剣呑な表情で一枚一枚に目を通し、達筆な字で書面を仕上げている。 気の遠くなりそうな作業だが、土方の手にかかれば夜には終わるはずだ。 そんないつもと変わらない穏やかな日常をのんびり過ごしていたのだが、遠くから聞こえてくる足音にピクリと仕事の手を止めた。 (……) おそらく、この足音は自分の恋人である沖田のものだ。 確か、今日は非番のはずだが。 まさか、また悪戯をしに来たのだろうか。 自分の元に来るのは構わないのだが、ことあるごとに仕事の邪魔をしてくるため、仕事の多い日は来ないで欲しいと思っている。 だが、そんなことを口にすれば調子に乗って邪魔ばかりしてくるに違いない。 沖田ならやりそうだ。 (……、はぁ…) どうしたものかと書類を眺めながら考えていると、突然襖が開いた。 「土方さーんっ!」 「……」 「遊びに来ちゃいました。入ってもいいですか?」 「……」 襖を開けてから言っても意味を為さない台詞だろうに。 何故、彼はこんな無意味なことをするのか。 まあ、沖田のことだからこれも悪戯の一つに入っているのだろう。 これからしばらくの間、仕事があまり進まないのだろうなと思うと気が滅入って仕方ない。 土方は態とらしいため息をつき、書類に視線を戻すと重い口を開いた。 「……ったく、とにかく中に入れ。寒いだろうが…」 「はぁーい」 土方の台詞に可愛らしく返事をした沖田は、言われた通りに襖を閉めると、そそくさと火鉢のあるところまで行き、その場に腰を下ろした。 「どうしたんですか、土方さん?」 「あ?何がだよ…」 「だって、いつもなら仕事の邪魔だとか言って怒鳴るじゃないですか」 「……言ってもお前、聞かねぇだろうが」 「ぅ、まぁ……そうですけど…」 そこで会話は終了し、二人の間に沈黙が流れた。 室内には、書類の嵩張る音と沖田が火鉢の側で手を擦り合わせて暖を取っている音だけが響いている。 土方にしてみれば持ってこいの状況だろう。 いつも騒がしいヤツが静かにしているし、邪魔されることはないため仕事が捗る。 しかし、どうしてか分からなかったが少し寂しかった。 というか調子が狂う。 「……」 土方は、小さく息をつくと硯に筆を置き、沖田の方へ顔を向けた。 「おい、総司…」 「ぇ…?あ、はい」 火鉢をじっと見つめていた沖田は、土方の呼び声にビクリと反応し吃りながら顔を上げた。 「お前、ここに何しに来たんだ?用がねぇなら…」 『帰れ』と言おうとしたのだが、土方が言う前に沖田が言葉を紡いでいた。 「よ、用なら…ちゃんとあります」 「……、」 そう言いながら土方の傍に行くと、土方の横にちょこんと座った。 そして、懐から白い包みを出し、土方に渡す。 「?何だ…?」 「……開けてみれば分かりますよ」 「……」 土方は少し躊躇ったが、言われた通り包みを開けた。 すると、そこには――。 「…饅頭、か?」 「ええ。鶴乃屋のお饅頭です」 「…鶴乃屋…」 (……確か、総司が一緒に行きてぇって言ってた店じゃなかったか?) 「非番だったから一人で行こうと思ってたんですけど、散歩中の近藤さんとばったり会っちゃって…。鶴乃屋に行くって近藤さんに話したら一緒に着いてきてくれたんです」 「……」 「やっぱり近藤さんって優しいですよね。誰かさんとは大違いですよ。どうせ、僕との約束なんて忘れてるんだろうし…」 「………」 「あ、それで…近藤さんに手も繋いでもらったんですよ!寒いだろうって言ってくれて、えへへ。昔に戻ったみたいですごく嬉しかっ……、んんっ…!」 全て言い終わる前に、沖田の唇は土方の唇に塞がれていた。 (……っ、なんで…?) 突然のことに吃驚してしまった沖田は、土方を自分から引き剥がそうと抵抗するが、畳の上に押し倒され、身動きが取れない状態にされてしまう。 次第に口づけは激しいものになっていき、もう抵抗なんて出来なかった。 「んん、ふ…っ」 強引に歯列を割って入ってきた土方の舌が口膣を蹂躙し、舌と舌とが擦れ合う。 その度にクチュクチュと厭らしい音が立った。 「ふ……んぅ、っ…」 飲みきれなかった唾液が混じり合い、沖田の口端から零れる。 ようやく口づけを止めた土方は、その零れ落ちる唾液を舐めとり、もう一度唇に触れると音を立ててそこを離れた。 「…なん、で…?」 息も絶え絶えにそう問いかければ、土方は冷ややかな視線を送ってきた。 「……、俺を嫉妬させて楽しいか?」 「え…」 (嫉妬…?土方さんが…?) 「…あんな嬉しそうな顔しやがって…。俺より……近藤さんがいいってんなら俺にはもう近付くな…」 「っ!?」 「俺だってな……、好きな相手が…他の男の話なんざしてるとムカツクんだよ…」 そう言った土方は沖田から離れようと身体を動かすが、沖田はそれを許さず、土方の着物を掴み、ギュッと握り締めた。 「総司…?」 「っ、土方さんの馬鹿!」 「っ……」 「ぼ、僕は……本当は…っ!土方さんと一緒に行きたかったんだからっ!」 「……総司…」 「忙しいのは分かってますけど、少しくらい僕に付き合ってくれてもいいじゃないですか…。仕事ばっかり相手にして全然構ってくれないし、僕だって……寂しいんですからねっ」 言い終わると沖田は翡翠からポロポロと涙を流した。 悔しいのか悲しいのか寂しいのかは本人にも分からなかったが、おそらく反射的なものだろう。 胸に溜めていた不満や不安を吐き出して、思わず泣いてしまったに違いない。 一方、土方はというと、久しぶりに見た恋人の泣き顔にどうすればいいか分からず戸惑っていた。 「…総司……、泣くな…」 頬を流れる涙を指で掬い、宥めてはいるものの沖田の涙は止まる様子を見せない。 「ん、ひっ……ふ…だって、だ…って……、止まらないんですっ!仕方ない…でしょ。止まらないんですから…っ」 泣いていても憎まれ口を忘れない沖田に、土方は苦笑を洩らすと濡れた頬に手を添えて、そっと囁いた。 「……頻繁には無理だろうが、お前との非番が重なるようにする。だから泣き止め…」 「…ひっ、ふ……ほ、本当……ですか?」 「ああ…」 「一緒、に……鶴乃屋にも…」 「ああ、行くよ」 その言葉に沖田はにっこり笑うと、今度は嬉し涙を見せながら土方に抱き着いた。 「嬉しい、土方さん…」 必死になって自分なすがりつく沖田が可愛くて、土方もそっと沖田の背中に腕を回すとその身体を優しく抱き締めた。 |