最初で最後の嘘




しんしんと降り続ける雪を眺めていた。
もうすぐ消える運命の雪は、どんな気持ちでこの大都会を舞っているんだろうとか、自分と雪を重ねてみたりしながら。
いや、でも雪と僕は違う。雪は少なくとも自由に空を舞うことができるけれど、僕は病院の狭い一室で、点滴に繋がれたまま動くことさえままならない。

そんな悲嘆的な思考に心を埋めていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
僕には両親はいないし、姉は海外に留学している。
世間がクリスマスに浮かれているこんな晴れやかな日に、わざわざ僕を見舞う人などいないはずだ。
どうせ看護婦が来たのだろうと思いながら「どうぞ」と声をかけると、思いがけない人物がドアの向こうに立っていた。

「風間…?」

彼は大学のサークルの一つ上の先輩だ。
まだ大学に通えていた頃、密かに思いを寄せていた人物。
しかし、男同士の恋など実るはずもないと、諦めていた。
風間は確か、イギリスに留学していたはずだ。その彼がどうして、ここにいるのだろう。

「斎藤からメールが来てな。沖田が入院したと聞いたから」

風間は僕の疑問を読み取ったのか、答えるようにそう言った。

「あはは、一君たら、余計なことしちゃって」

僕は動揺を隠すように軽く笑った。
彼は僕と一番仲がいいと言える存在だ。
僕の風間への思いを知っている彼は、僕に最後のクリスマスプレゼントを贈ったつもりなのだろう。

「ごめんね、一君が無理言ったんでしょ。わざわざ日本に呼び戻すことになっちゃってごめん」

「いや、ちょうど日本に帰りたいと思っていたし…」

僕を見る風間の瞳はどことなく気遣わしげだった。
恐らく一君から、僕の結核が末期で、もうそう長くはないということを聞いているのだろう。

「クリスマスプレゼントを持ってきた」

気まずい沈黙を破るように、風間はコートのポケットから小さな包みを取り出した。

「開けてみてくれ」

そう言うと、風間は何故か気恥ずかしげに床に視線を落とした。

「うん」

僕は綺麗な包装紙を丁寧に剥がし、現れた小ぶりの箱の蓋を開けた。
中に入っていたのは、銀色に光る指輪だった。

「え…これって…」

指輪を贈ることが意味するものといえば、僕が思いつくのは一つしかない。
それでも、風間が僕にそういう感情を抱いているとは思えず、僕は黙ったまま彼を見つめ返すことしかできなかった。

「これは俺の気持ちだ。迷惑でなければ受け取ってくれ」

風間はマフラーに顔を半分埋めるようにしながら呟いた。
僕は答えの代わりに、細くなった手を布団から出して指輪をつけてみた。
銀の輪は、僕の薬指に不思議なくらいぴたりと嵌った。

「よくサイズがわかったね」

痩せ細った腕が風間の目に触れないようにパジャマの袖口をしっかりと押えながら、僕は指輪をはめた指を風間の前にかざしてみせた。

「沖田は気づかなかっただろうが、俺は昔からずっと沖田を見てきた。だからなんとなくわかった」

「…そんなこと言われたら、期待しちゃうよ?」

勘違いして傷つくのが怖くてわざと明るく作った表情を受け止めたのは、今まで見た中で一番優しい笑顔だった。

「沖田のことが、ずっと好きだった」

「…僕も、だよ」

そう言い終わるか言い終わらないかのうちに視界を金色が覆って、唇が柔らかいものに包まれた。
一瞬遅れて、風間に口づけられたのだと気づく。

「んっ…」

隙間から遠慮がちに舌が滑り込んできて、思わずくぐもった声が漏れた。
ぴちゃ、と軽い水音が立ち、恥ずかしくなって閉じた瞼にぎゅっと力を入れる。
最後に味わうように僕の唇を吸うと、風間の唇は離れていった。

距離をとって改めて見つめあうと何だか照れくさくて、僕は窓に視線を逸らせた。
窓の外では、相変わらず雪が降り続いていた。5メートル下で、地面に吸い込まれて消えていく雪達が。

「もう、遅すぎだよ」

僕は少し自虐的に言って笑った。
あと1年、あと半年早ければ…もっと風間と色々なことをして色々なところに行くことができたのに。
もっとたくさんキスをして、体を重ねることもできたのに。
そうやって愛を深めていく時間が、もう僕にはない。

やっと想いが通じ合ったというのに、僕の胸には嬉しさよりもやるせなさの方が多くを占めていた。

「あーあ、伝えたい時に言わないと後悔するんだね」

窓に向かって独り言のように呟いた言葉は、冷たいガラスに跳ね返されて僕の心臓に響いた。

「少し遅くなってしまったが、俺は沖田に自分の気持ちを伝えることができて、嬉しく思っている」

そんな僕の憂いを塗り消すように、風間は微塵も暗さを覗かせない顔で言った。

「また来年のクリスマスも、一緒に過ごそう」

風間はベッドの端に腰掛け、僕の栗毛を優しく撫でた。
心地よい温もりに甘えるように、その手に擦り寄った。
抱き寄せられれば、風間の香りに包まれる。

「…うん」

「来年も、その次のクリスマスも、な」

僕が来年のクリスマスを迎えることはないのだろうけれど

「うん」

「ずっと一緒にいよう」

僕が来年のクリスマスに風間の隣にいることはできないだろうけれど

「うん…」

それは、風間も知っているはずなのに。


嘘をつかない風間が聖夜についた、最初で最後の嘘は、とても優しい嘘だった。





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