融解する想い
今日は、12月24日。クリスマスイブ。 街中はクリスマス一色に染まり、街路樹やクリスマスツリーには綺麗に飾り付けられたイルミネーションが色とりどりの配色を奏で、星のように光輝いている。 そんななか、斎藤は一人暮らししているアパートで律義にも冬休みの課題をこなしていた。 何もこんな日に、堅苦しい課題などしなくてもいいとは思うのだが、恋人と呼べる人物がいないため、こうして家で大人しくしているのである。 すらすら解けてしまう問題を丁寧にシャープペンで書き込みながら、次のページを捲ろうとした時だった。 ピーンポーン… 聞き慣れた呼鈴が、室内に響き渡る。 (……) ここを訪ねてくる者は限られているため、ある程度の予想はつくが、今日はクリスマスイブだ。 自分に会いに来る者などいないだろう。 おそらく、宅配業者か何かの勧誘に違いない。 少し面倒だなと思いながら、玄関の扉を開けると…。 「……そ、総司…」 そこには、茶系のPコートにインディゴのジーンズを身に付け、何故かケーキ箱を手に持っているクラスメートであり、友人でもある沖田がいた。 まさかの沖田の訪問に驚きが隠せない。 そんな斎藤を余所に、沖田は学校にいる時と変わらない屈託のない笑顔でこちらを見ている。 「やっほー、一君。メリークリスマス!」 「……」 「?一君?」 「ぁ、いや……」 沖田の笑顔に見惚れていたと言えるはずもない斎藤は、困惑を隠しつつ沖田から視線を逸らした。 「?…まあ、いいや。ね、中に誰もいないよね?」 「あ、ああ…」 その問いかけに軽く頷くと、沖田は「良かった」といいながら中へ入った。 「ちょっと、お邪魔するね」 「……」 自分の返事など聞かずに、飄々とした様子で靴を脱ぎ出す沖田に小さく息をついた。 別に、見られて困るものは部屋にはないが、沖田と二人きりというのが問題だった。 普段なら、藤堂やクラスの者たちが周りにいるため、どうにか理性を保ってきたというのに…。 長年想い続けてきた者と、こんな狭い空間に二人でいることなど今の斎藤には耐えられそうにもなかった。 だが、そう思う反面、これはチャンスかもしれないと心の奥底で自分ではない誰かが言っている。 ここで、自分のものにしてしまえと…。 (……) 両極端の思いを胸に秘めながら、斎藤はギュッと指先に力を入れた。 □ それから、一時間が経過した。 あまりにも無防備すぎる沖田に苛々しながらも、崩れてしまいそうな理性でどうにか踏み止まっている。 そんなこんなで、二人は沖田が持ってきたケーキを食べていた。 「どう?…お、美味しい?」 見るからに甘そうなクリームたっぷりのケーキだったが、それは見た目だけ。 食べてみると意外にも甘さ控えめで、素直の美味しいと思えるものだった。 「…ああ」 その返事に、沖田の不安がっていた顔が明るくなる。 「ほ、本当に!?」 「?…ああ。甘さは丁度いいしな…。美味いと思う…」 「そ、そっかぁー…。えへへ、良かった…」 「?」 (…良かった?) 何が良かったのだろうか。 沖田の言ったことが理解出来ずにいると、予想にもしていなかった言葉が耳に入ってきた。 「これ、手作りなんだけど…」 「…は…?」 「ぼ、僕が…一君のために作ったんだよ」 (……聞き間違いか…?いや、空耳……?) そう思ってしまうのも無理はなかった。 こんな都合にいい台詞が、沖田から聞けるとは考えたことなどなかったからだ。 頭を混乱させながら、どうにか今の状況を掴もうとしている斎藤に、沖田は追い打ちをかけるような言葉を投げかけてきた。 「………好き…」 「っ!?」 「…ずっと、ずっと……好きだったんだから!」 「…総司…」 顔を真っ赤にさせながら告白する沖田は、すごく可愛くて…。 これは、冗談でも夢でもない、現実なのだと認識させられる。 すると、沖田が身を乗り出し、斎藤に迫るように詰め寄ってきた。 「っ…」 自分を見つめる翡翠があまりにも綺麗で、目を離すことなど出来なかった。 いや、離したくなかったのかもしれない。 「…一君も僕のこと……、好き…だよね?」 「…っ…」 「ずっと…、僕のこと見てたし…。ねえ、そうなんでしょ?」 「………」 挑発するような視線と口調だった。 それに、沖田の言っていることは全て当たっていた。 そんなに自分は分かりやすかっただろうか?と不安にはなったが、今はそれよりも、目の前の沖田をどうにかしなければ、自分の理性が保てそうになかった。 (……) だが、すぐにいい案など浮かぶはずもなく…。 時間だけが、虚しく過ぎていくだけだった。 そして――。 斎藤の理性が限界を迎えることになる。 「黙ってないで答えてよ、一君…っ」 そう言いながら、沖田は先程よりも距離を縮めて詰め寄ってくる。 互いの視線が交錯し、沖田の顔が少しずつ近付いてきた。 ここで、振り切るのは簡単だったが、出来るはずがない。 愛しい者が、こんなに近くにいるのだから…。 「総司…っ」 我慢の限界だった斎藤は、沖田の肩を抱き、少しひんやりする床に沈めると、性急に唇を奪った。 「…っ、はじ、め…く……」 沖田は、何か言いたげに斎藤の名を呼んだが、今の斎藤には気を配ってやれるだけの余裕はなかった。 待ち望んでいた沖田の唇を夢中で貪り、激しく求めた。 それは甘くて、熱くて…。 「…ん、ん…っ」 沖田も、斎藤の背中に手を回し、まるで口づけをねだるように、もっとしてと求めてくる。 それが、とても愛しくて、可愛らしかった。 (総司、総司…っ) 本当は、口づけだけで終わろうと思っていたのだが、無理そうだ。 もっと先のものが欲しいと浅ましい思いを抱いてしまう。 (……) 斎藤は、名残惜しげに唇を離すと、沖田の足の間に自分の身体を割り入れ、服の中に手を潜り込ませようと忍ばせる。 だが…。 「…っ、ま…待って…!」 と、沖田に手を掴まれ、止められた。 やはり、嫌だったのだろうか?と、少し不安げに顔を上げれば沖田の上気した表情が視界に入ってくる。 どうやら、嫌ではないらしい。 ならば、どうして…? そんなことを考えていると、沖田が恥ずかしげにしながら、おそるおそるといった様子で口を開いた。 「…ぼ、僕の初めては……一君にあげるから…。だから…、ちゃんと言ってよ」 「っ…、総司…?」 「さっきの返事、聞きたい…。一君から……ちゃんと、聞きたいよ…っ」 「……」 おそらく、『…一君も僕のこと……、好き…だよね?』に対しての返事だろう。 そういえば、言っていなかったなと今更ながら思い出す。 沖田に告白するのも忘れて、事に及ぼうとした自分がひどく情けなかった。 斎藤は、「すまない」と小さく呟くと、沖田の頬に手を添えた。 そして――。 「……俺も…、好きだ…」 「…は、じめ…くん…」 「ずっと、好きだった…」 沖田は、その言葉に瞳を潤ませると、思いきり斎藤に抱きついた。 「……っ、嬉しい…嬉しいよ…っ…一君!」 「ああ…、俺もだ…」 そう囁くと、沖田の身体を優しく抱き締めた。 まさか、クリスマスイブにこんなことが起こるなど誰が想像しただろうか。 「…総司…」 斎藤は、小さく笑みを浮かべると、愛しい存在の名を紡ぎ、再び唇を重ねた。 「……っ、ん…」 想いの通じ合った口づけは、溶けてしまいそうなくらい甘くて…。 言葉に言い表せないほど、胸がいっぱいだった。 |