可愛い我儘






「総司、どこへ行くつもりだ?」

「ぁ…、一君…」

二人がいるのは玄関前。

沖田が周りを伺いながら外へ出ようとしていた時に、巡察から帰ってきた斎藤とばったり会ってしまったのである。

普段の斎藤ならば、こうして引き止めたりはしない。

いくら恋仲とは言っても、出かけるくらいは当人たちの自由だと思っているからだ。

束縛したいとは考えていなかった。

しかし、目の前にいる恋人は数日前から熱を出して寝込んでいた病人なのである。

昨日、ようやく熱が下がったというのに、大人しく寝ていない沖田に、斎藤は呆れを含んだ息を零した。

「…、部屋に戻れ」

「ぇ…」

「聞こえなかったのか?」

「…で、でも…っ」

「いいから、戻れ」

「っ…もう、熱はないから…、少しくらい外に出るだけなら平気だよ…」

「…いいや。平気などではない。あんたはすぐに熱を出すのだから大人しく寝ていろ」

「えー…」

斎藤の言葉に、沖田は不満げな声を洩らす。

そんな沖田を斎藤は無言のまま見つめた。

相変わらずの無表情で、淡々とした口調ではあるが、斎藤なりに沖田を心配しているのだろう。

恋人を見つめる瞳は、厳しいものだけでなく優しさも含まれていた。

「…駄目なものは駄目だ。外に出ることは、俺が許さん」

「……ケチ…」

「…、総司…」

「だ、だって…。ずっと寝てるの飽きたんだもん」

「……」

「もう、子供じゃないんだから大丈夫だよ。一君!」

そう訴えるが、斎藤は首を横に振り「駄目だ」と言った。

「あんたは、治りきっていないままで外に行き、これまで何回熱を出して寝込んだか分かっているのか?」

「ぅ…」

「…確かに、大人しく寝ているのはつまらんとは思う……、あんたには酷だろうというのも分かっているつもりだ」

「……、」

「だが……、あ…あんたの弱りきっている姿は好かん。…だから、ちゃんと養生してくれ…」

「…は、一君…っ」

斎藤は、照れているのか若干頬を赤らめながら、ギュッと沖田の手を握った。

「…分かったか?」

「う、うん…」

沖田も斎藤の言葉に、頬を朱色に染めていた。

大好きな斎藤に心配されたのが嬉しかったのだろう。

その表情は、とても幸せそうだ。

そんな沖田の可愛らしい反応に満足した斎藤は、小さく笑みを浮かべると、キュッと手に力を入れた。

「…行くぞ」

「うんっ」

素直に頷く沖田を横目に、斎藤は恋人の手を引き、部屋へと向かった。

その間、二人は無言のままだったが、お互いの掌から伝わってくる温もりに喜びと幸せを感じていた。

(ふふ。一君の手…、あったかい…。ずっと、このままだったらいいのに…)

繋いでいる手を見つめながら、そんなことを考えていると、広い屯所ではないため、割りと早く部屋に着いてしまった。

(…もう、着いちゃったんだ…)

少し残念に思いながら、視界に映る斎藤を見つめた。

すると、斎藤がまずしたことというのが、沖田を寝間着に着替えさせることだった。

沖田は、言われた通りに着替え始めたのだが、その着替えというのがあまりにも遅いもので…。

それを見兼ねた斎藤は、手元が覚束ない沖田に代わり手早く寝間着に着替えさせると、布団の中に沖田を押し込むようにして寝かせた。

「…俺は巡察の報告に行くが、あんたはちゃんと寝ていろ」

そう告げ、立ち上がろうとしたのだが、沖田によって止められてしまう。

「…まだ……、行かないで」

「総司…」

「僕が眠るまででいいから…、傍にいてよ。一君…」

斎藤の袖をギュッと握り、翡翠の瞳を潤ませながら見つめた。

すがるような眼差しに、どうするべきか悩むが、ここで突き放すことなど出来なかった。

斎藤は、「分かった」と呟くと、袖を掴んでいる沖田の手を取り、優しく包み込むように握る。

そして、元の位置に腰を下ろした。

「…い、いいの?」

まさか、本当に残ってくれるとは思っていなかったため、驚きを露にする。

斎藤のことだから、どうにか自分を言いくるめて、仕事に戻るだろうと思っていたのだが…。

仕事ではなく自分を選んでくれたことが嬉しくて、沖田は今日一番の笑顔を浮かべた。

「ありがとう、一君…っ」

「ああ…」

確かに、仕事を放り出すのは本意ではなかったが、たまには沖田の我儘に付き合ってもいいと思ったのだ。

甘えてくる沖田は嫌いではない。

むしろ、好ましいと思う。

(……)

どうやら、思っていた以上に、自分は沖田のことが好きらしい。

「総司…」

「ん?何…?」

「あ、あんたが元気になったら…、その……一緒に出かけよう」

「へ…?」

まじまじと自分を見つめてくる沖田の視線から顔を背けると、口を開いた。

「…巡察の途中で……、あんたの…好きそうな団子を見つけた。だから…」

目を泳がせながら、懸命に言葉を紡ぐ姿に、口元が綻ぶのが分かる。

瞳に映る斎藤が、ひどく愛しいと感じた。

「うん…。連れてってね。約束だよ、一君」

「ああ…」

斎藤は、沖田の言葉に安心したのかホッと胸を撫で下ろすと、空いている手を伸ばし、栗色の柔らかい髪を撫でた。

そして、そっと囁く。

「好きだ、総司…」

「うん…。僕も…、僕も好きだよ」

(…総司…)

斎藤は、身を乗り出すと、沖田の前髪から覗く額に口づけた。

早く元気になって欲しいと願いながら。





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